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かもめアカデミー
忘れられた壁画を救う 京都大学大学院 人間・環境学研究科
田口かおり
第2回 ペルセフォネーと「りっぱな王さま」―物語の片隅で
 神奈川県の小田原市民会館に残された西村保史郎氏の壁画。この「忘れられた壁画」を救う保存プロジェクトの模様をレポートする新連載。第2回は、壁画が呼び覚ました画家との思い出を綴ります。

懐かしい友人の思い出


 さて、「物語」である。
 前回、画家・西村保史郎の存在を知る人は、残念ながらそう多くはないであろうとの予想を書いた。しかし西村は、実のところ、別の媒体を通じて昭和に幼少時代を過ごした世代には強烈な印象を残している。

 おそらく私たちは誰でも、幼い頃に読んだ忘れられない絵本や物語の記憶を持っている。私にとってはそのうちの一つが、偕成社が出版した『星と伝説』(野尻抱影著)だった。世界各地に伝わる星にまつわる物語が22編収められたこの本は、現在もベストセラーの座を守り続けている。幼い頃、夜空を見上げては『星と伝説』で覚えた物語をひとつひとつ唱え、ギリシャの、ポリネシアの、日本の、中国の神話や伝承に思いをはせた。おそらく、この連載を読んでくださっている皆さまの読者の中にも、『星と伝説』をご記憶の方が多くおられるのではないだろうか。

野尻抱影著『星と伝説』偕成社文庫 2005年 83頁より抜粋

 おとめ座の物語――野原で花を摘んで楽しんでいたところを冥土の王プルートーンにさらわれたペルセフォネーと、大切な娘から引き離され嘆き悲しむ母デメテールの物語は、幼い私に死の世界と拉致の恐怖を覚えさせた最初の物語である。なにより私を震え上がらせたのは、「気持ちがわるくなるくらい、青くいんきな色」の顔色をした「金のかんむりをかぶった、りっぱな王さま」が、もがくペルセフォネーの腰をつかみ、暴れ馬を御しながら、暗黒の地底へと連れ出そうとする様子を描画した挿絵であった。そしてこの挿絵を描いていた画家こそ、他でもない、西村保史郎なのである。

 『星と伝説』のところどころに添えられている西村の挿絵は、明確な輪郭線に淡い水彩絵具を広げ軽やかに着彩されている。モノクロでありながらも濃淡の表現が豊かで、あるときは水を、あるときは空を、あるときは地中の闇を、西村は少ない筆数のなかで自在に表現しているように見える。

 『星と伝説』には西村の挿絵に加えて、物語にまつわる西洋美術の写真も掲載されていた。私はこの本を通じて《蛇を絞め殺す幼いヘラクレス》の無邪気な怪力や《メデューサの首》を這い回る蛇と髪を表現する石材の無限の可能性に驚き、《ペルセウスとアンドロメダ》に描かれた豪奢な頭飾りや甲冑の光、アンドロメダの恥じらいや柔らかな肉体の曲線に絵画の豊かさを見つけ出すことができた。あらゆる意味において、『星と伝説』は、私の諸感覚を鍛え、新しい世界への扉を開くための鍵となった本であった。

ペーテル・パウル・ルーベンスとその工房《ペルセウスとアンドロメダ》
1622年頃 油彩・画布 リヒテンシュタイン侯爵家コレクション



呼び覚まされる記憶


 私は物語さえあれば何もいらないというほどの本の虫で、日々本棚に埋もれていたが、思い返してみれば、その本棚のあちらこちらに、つまりは幼少時代の毎日のどこかに、西村保史郎の挿絵があった。

西村保史郎が挿絵を担当した本の数々

 たとえば偕成社の「少女世界文学全集」や「少女名作シリーズ」。モンゴメリの『赤毛のアン』(1967年)、マルバーンの『夢のバレリーナ』(1972年)、サンドの『母のおもかげ』(1972年)、ウィギンの『黒い目のレベッカ』(1973年)。金の星社の「こども世界の名作」のバーネットの『小公子』(1972年)。
 『星と伝説』同様、ぞくぞくするような感覚をくれた「不気味な」要素のある本にも、やはり西村は登場した。偕成社の『世界のおばけ話』(1970年)に登場する口をぽっかりあけた骸骨や水でにじんだ蜘蛛の巣は、彩色の不在も手伝って、幼心のうちの想像力をかきたて、切実な恐怖を私に覚えさせる大きな力をもっていたように思う。

 小田原市民会館の「赤い壁」で混じり合う赤と黒をはじめて見た時、私が思い出したのは、悲鳴をあげて「おかあさん!」と叫ぶペルセフォネーと冥土の王プルートーンを飲み込もうと地中から手を伸ばす、冥土の闇の色だった。白と黒の世界で幼い時に思い描いていた冥土の色、西村が真っ白な本のページというキャンバスに走らせた筆がはじめて着彩され、原寸大に広がったように思えたのである。

小田原市民会館の「赤い壁」

 ただし幼い頃と違うのは、西村の描く世界を目の当たりにした私のなかに沸き起こったのが恐怖ではなく、あたたかな喜びであったということだ。プロジェクトの進行上予想されるいくつかの問題に既に悩みながらも、「赤い壁」を前に、まるで久し振りに旧友に会ったかのような懐かしさで、自分の心がはずむのをとめられなかった。
 西村保史郎という画家についてのリサーチには、第一回でも触れたように、アクセスできる情報の少なさに起因する困難がある。それでも私にとって、西村保史郎は「知らない人」ではない。むしろある意味では、彼は誰よりも私の人生に近しい人でもある。眠る前の布団の中で、自室の本棚の前で、勉強机や食卓の上で、図書館の片隅で、学校の行き帰りに、あるいはおとめ座の輝ける星スピカの下で、私は彼と、それはそれは多くの時間を共に過ごしたのだから……。

そして秘密の扉へ


 大人になった自分が西村の作品を保存するプロジェクトに携わるめぐりあわせの妙を噛み締めつつ、私は、西村が挿絵を描いた『赤毛のアン』の一節を思い返していた。

 これから発見することがたくさんあって、すてきだと思わない?もし、なにもかも知ってることばかりだったら、半分もおもしろくないわ。そうでしょう。

(L・M・モンゴメリ『赤毛のアン(新装版)』村岡花子翻訳 講談社青い鳥文庫 2014年 27頁より)


(つづく)
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【たぐち・かおり】
1981年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。フィレンツェ国際芸術大学絵画修復科修了後、フィレンツェ市内の修復工房に勤務し、帰国。2014年、京都大学大学院人間・環境学研究科修了、博士(人間・環境学)取得。東北芸術工科大学・日本学術振興会特別研究員PDを経て、東海大学創造科学技術研究機構に日本学術振興会卓越研究員として着任(特任講師)。東海大学教養学部芸術学科准教授を経て、現在、京都大学大学院 人間・環境学研究科准教授。専門は保存修復史、修復理論。国内で開催される展覧会のコンサベーションを数多く担当している。
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