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TOKYO銀座めぐり
イラストレーター(文と貼り絵)
きりたにかほり
第2回 達人のまち、砂町銀座


5月、天気は晴れ。
地下鉄の長い階段をふみしめながらのぼり終えると、
まばゆい交差点が待っていました。

人生は選択の連続です、となにかの台詞を思い出しながら
わたしたちは道を渡らず左に曲がりました。

と、いうわけで編集さんとふたり、
都07のバスに揺られて約5分。
「北砂町二丁目」で降りてすぐ、
今回の目的地、砂町銀座にたどりきました。

昭和7年、商店会の記念式典で当時の区長に
「この通りが早く砂町銀座と呼ばれるような一大繁華街となられん事を望む云々」と祝辞を送られ、
それならすぐにと、通りの名前を「砂町銀座」としたのが由来だそう。

なんて素直な商店街。

長さ670メートル、約180店舗が軒を連ねるこの街では
毎月0のつく日に、
バカ値市なる安売りが開かれているそうです。

残念ながら、今日は8日。
だけどその情報だけで、期待はぶんぶくふくらみます。


道幅約3メートルのむつまじい商店街。
入り口の看板をくぐると
魚屋さん、八百屋さん、総菜屋さんと、
秒速で食卓が充実していく店並び。
行き交うのは大半がおばあちゃん。
人生の達人たちは嬉々として買い物かごを下げています。

その列に並びたい気持ちをぐっとこらえて先に進むと、
かご付き自転車群生地の先に
両脇の店から「60円」の文字が光って見えました。
近づいてみると、左の店は洋服屋さん。
右の店は、総菜屋さんでした。

気づかぬうちにわたしたちは
「60円」に囲まれていたのです。

黄色の紙に赤の文字で60円。
お惣菜、お洋服、生活雑貨と、あちらもこちらも60円。
ここは東京、平成なのか、と疑いたくなる
まさに、ロクジュウエンの谷。

ざわざわ。

誘惑の渓谷を抜けると、
時計屋さんがありました。
熟練の職人さんが、
つくえにむかい、
なにやら細かい作業中の様子。

その肩越しの文字が
またしてもまぶしく光ってみえます。

「目には蚊を耳には蝉を飼っている」


たいへんざわざわいたします。




あまりにざわざわするので、
早速ですが、時計屋の向かいの飲食店に入りました。
ここで落ち着きをとりもどしたい所存です。

「銀座ホール」。レトロな看板が魅力的です。

「いらっしゃいませーお好きなところにどうぞー」
50席ほどの広い店内にやわらかな声が響き、
奥の窓際の席を選びました。

注文したのは、70年前からあるという銀座ホール伝統の味、巴焼き。
わたしはラムネ、編集さんはクリームソーダとともにいただきました。
小麦粉の生地に小豆餡がつつまれた
いわゆる大判焼きのような焼き菓子でしたが、
巴焼きの形状は小判型。
皮が適度に薄く、もちっとした食感が心地よかったです。

やわらかな甘味のおかげで
落ち着きを取り戻したかのように思えましたが
顔をあげて、驚きました。

店内の壁は、達筆で饒舌な紙に埋め尽くされていたのです。
よくみると、そのほとんどはお食事メニュー。
そして、のこりは……川柳?

「離しません、今じゃお互い話しません」
「化粧して出かける先は診療所」

ざわめきがとまりません。

あまりの名文に感動して、店員さんに質問。

「これはどなたが書いているのですか?」
「店長が。好きなんです。」

短くも伝わるご回答をいただきました。

どうやら、店長は料理に加え、
字を書くのも文を作るのも巧みでらっしゃる様子。

うきうきしながらホールを後にしました。


感動を胸に足取り軽やかに通りを進んでると、
精巧な砂糖菓子が目にとまり、
ケーキ屋さんを訪れることに。

「パティシエの手作りなんです。クリスマスはサンタさんが300個できるんですよー」

と、写真をみせてくださいました。

「最初うれしくって名前つけてたんですけど、300個あるから、
だんだんわかんなくなっちゃって…」

そりゃそうですよね。
店員さんは本当に悲しそうでした。


ゴールまで残り150メートルほどのところで
亀のかたちの亀の子束子が積まれていて思わず立ち止まりました。
「飯塚商店」。生活雑貨のお店のようです。
親子亀のごとくサイズのちがう亀がつまれている様があまりにかわいくて、
しばらく背中をなぜていたら、
写真とってFacebookとかのせていいですからーと
金物屋の店員さんに積極的な許可をいただき、
束子をたくさん撮影いたしました。
たのしかったです。


そしてようやくゴール。
670メートルを歩き終えました。
ほのぼのとしてたのしい道のりでした。

帰り道、かごに入った6本150円のキュウリを手に入れたあと、
もしかして?と気になって
さきほどの時計屋さんに立ち寄ってみました。

「こんにちは、突然すみません、お尋ねしたいんですけど」
「(はい)」

職人は言葉少なです。


「あの貼り紙は、ご主人が書かれた物ですか?通りから見えて気になって。」
目に蚊、耳に蝉の紙を指差してお尋ねしました。

言い終わるや否や、職人のほほは
とけるようにほぐれ、
かたくむすばれていた口元がゆるんだようにみえました。

「いやー、あそこに銀座ホールってあるでしょう、あそこからもらったの、名人だから。」

ああ、やはり「銀座ホール」のご主人作だったのですね。
自分が書いたものじゃないのにとてもうれしそうに答えてくださり、
尋ねてよかったと幸せな心地でした。

「すごくおもしろいですねえ。ありがとうございました。」

気づけばすっかり西日がまぶしい時間帯。
笑顔を交わして街を出ました。

今度は0のつく日に来たいです。


※砂町銀座商店街は、半蔵門線「錦糸町駅」下車→都バス約15分、東西線「東陽町駅」下車→都バス約12分、都営新宿線「西大島駅」下車→都バス約5分、JR総武線「錦糸町駅」下車→都バス約15分、JR総武線「亀戸駅」下車→都バス約12分、JR横須賀線・総武線快速「錦糸町駅」下車→都バス約15分

〈次回は谷中銀座を予定しています。お楽しみに。〉


※きりたにさんのホームページ「たいようのみやこ」
http://taiyonomiyako.com/index.html
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【きりたに・かほり】
1984年秋田県生まれの香川県育ち。熊本県立大学卒業後に上京し、都内制作会社にデザイナーとして勤務。現在は「世界をあたためたい」と絵を描き、関東を中心にイラストの制作や似顔絵屋さんなど行っている。
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