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かもめアカデミー
ミストラルの面影を探して 東海大学文明研究所 特任助教
安達未菜
第8回 先駆的な活動――生きる文化の展示
 「フェリブリージュの宮殿」と言われたアルル民俗博物館。その入り口と館内を結ぶ中庭の右手に、普段は立ち入り禁止となっている広い一室がある。旧博物館(1906年創設)の立案者ミストラルが率いる地域主義団体「フェリブリージュ」会員専用の会議室だ。
 ミストラルの企画で設営された会議室は、当時そのままの内装で現博物館に再現されている。同じく移設された、プロヴァンスとカタルーニャの歴史的交流、加えてフェリブリージュの詩人たちの題材やアレゴリー(寓意)をモチーフとする豪華な壁画群も圧巻だ。厳かな雰囲気に包まれて、王やプロヴァンス精神の化身に見守られながら進行する議題は、文化の独自性を究めるものになるだろう。

フェリブリージュ会員の会議室


 それでは、館内に広がるプロヴァンスの世界を再訪しよう。
 プロヴァンスの農業・漁業の舞台であるローヌ川河口域では、農繁期の春から夏、にぎやかな鈴の音が聞こえてくる。荷馬車祭りの季節の到来である。岩手県の伝承行事「チャグチャグ馬コ」のフランス版だ。農民の守護聖人エロワ(la saint-Éloi)に感謝し、運搬や農耕のパートナーである馬と農業者の重労働をねぎらう祝祭である。日本と比較して面白いのは、地域の宗教的・政治的スタンスに応じた馬の飾りの豊富さである。青果や色とりどりの花、天使や聖ヨハネなどの聖人に捧げる宗教的飾り、「七つの御悲しみ」の聖母マリアに捧げられる赤いグラジオラス、共和国の象徴である三色旗(トリコロール)のリボンをまとったマリアンヌ像、フランス革命のサンキュロット(主に手工業者や職人、賃金労働者)を彷彿とさせる赤いカーネーション付きのフリジア帽(自由を象徴する三角帽)。特にキリスト教の純白と共和主義の鮮烈な赤は対照的だ。マイヤンヌでも大勢の人々が、カラフルな装いの馬っこを見に集い、にぎやかに祭りが行われている。

マイヤンヌでの荷馬車祭り

馬の装飾具


 アルル民俗博物館に展示されているユダヤ文化の一部も必見だ。アヴィニョンの北東に隣接するコンタ・ヴネッサン地方は、かつて教皇庁の支配下に置かれていた。そこは14世紀以降フランス王国から迫害されたユダヤ人の避難所であった。採石場を居住地としてコミュニティを形成していた彼らは、地域社会に非常によく溶け込んでいた。

羊皮紙に手書きされたユダヤ教の律法

 ユダヤ人はローマ法に精通し、宗教芸術などの文化や慣習を取り入れていった。プロヴァンスに現存するロマネスク様式のシナゴーク(ユダヤ教の礼拝所)は、その表れである。ヘブライ語とプロヴァンス語が混ざり合い、ユダヤ・プロヴァンス語が誕生し、プロヴァンス式典礼と呼ばれる独自の儀礼が発展した。完全ではなくとも異文化共存の歴史を築いてきた社会の土壌にこそ、プロヴァンスの魅力に深みを与えていると感じるのだ。
 
 最後に紹介するのは、とっておきの「壮大なプロヴァンス叙事詩」として設置された二つのジオラマ展示である。ミストラルはこの博物館を「アクティブなポエジー」と表現した。博物館のカタログには、ジオラマ紹介のタイトルとして「生きる生活」(vie vivante)と掲載されている。その趣旨は、文字が読めない人のためのポエジーだと言う。

 博物館の展示品は、ときに「死んだ文化」と揶揄されることもある。しかし、このジオラマ展示が再現するドラマは、見ている側に語りかけ、まさに創造し表現され続ける生きる文化と空間を生み出すのである。先に述べたミストラルの壮大な叙事詩の企画の最たるものでもある。ジオラマは、ミストラルの幼少期を元にした「産婦を訪ねて」と「農家のクリスマスイブ」の二本立てだ。実在の農民をモデルとする等身大のリアルな模型は、ミストラルがアルルの彫刻家に依頼して制作された。それらが、当時の部屋を綿密に再現したスペースの中で、民俗誌的な物語を歌い上げている。
 「産婦を訪ねて」の主題は、民族衣装に身を包んだ友人や両親が「卵のようにふっくらし、パンのように善良で、塩のように思慮深く、マッチ棒のようにまっすぐな」子どもに育つよう、これらのプレゼントを持って来訪する様子が再現されている。さらに、四旬節にちなむ40日間、儀礼や社会から離れて産後回復を行う「婦人の祝別式」という知恵についても知ることができる。

劇場型展示「産婦を訪ねて」


 「農家のクリスマスイブ」が再現するのは、イブの徹夜祈祷。真夜中のミサに先立つ、肉を抜いた食事「グロ・スーペ」が並ぶ食卓を、地主の一家と小作人たちが円く囲んでいる。家庭のあるお手伝いさんは薪をくべに帰るため、ひとり身の小作人だけが残り、祈祷の時を一緒に過ごすのだ。卓上には、上等な油で作ったガレット(そば粉クレープ)に、両手ひとすくいほどの干しイチジク、ひと切れのヌガーにチーズ、セロリのサラダ、そしてホットワインひと瓶。聖餐の料理では、三重の白いテーブルクロスの上に盛りだくさんのご馳走の数々。カタツムリ、タラのフライとオリーブ入りのボラ、カルドン(アーティチョークのようなもの)、スコリム(キク科の根)、セロリのポワヴラードソース和え(粒こしょう、エシャロット、白ワインなどで作るブラウンソース)。食後はこの日のために用意された山のようなお菓子。たとえば、干しブドウ、アーモンドヌガー、楽園のリンゴなど。大きなクリスマスパンは、貧しい人々に4分の1ずつ分け与えるまで、決して手をつけてはならない。人々は暖炉や小さなろうそくの火を囲み、祖先の功績を語った。誰もがひとりで宵を迎えることがない。まるで家族であるかのような温かな村社会の光景が目に浮かぶ。

劇場型展示「農家のクリスマスイブ」


 生活空間の一場面を切り取ったかのような劇場型展示は、1855年の第1回パリ万国博覧会のパノラマ展示に範を得ている。万博跡地に設立されたのは、フランス初の民俗誌学博物館トロカデロ。この博物館は万博のジオラマ展示を継承しており、それをモデルとしてアルル民俗博物館が創設されたのだ。展示物の主要な収集者の1人に、先史学と民俗誌学に情熱を傾け、フランス先史学会のメンバーとなった医師エミール・マリニャン(Emile Marignan, 1847-1937)がいる。彼は農村の遺産を保存するという目的をミストラルと共有し、トロカデロ博物館の知を導引して、プロヴァンス、アルルの地域文化の認知を求めて奮闘した。

 もっとも、トロカデロ民俗誌学博物館は、政府高官が植民地から持ち帰ったものを展示する、帝国主義時代を象徴するコレクションである。パリの国立博物館、民俗学博物館は収集品展示が主であり、その起源は大航海時代に使節団が持ち帰った異国由来の珍品にまでさかのぼる。パリの博物館のコンセプトや展示品の収集経緯、展示目的は、アルルとは全く異なっているのである。地域住民による地元の民具収集と展示は、フランスではかなり早期の試みであった。民間主導の民博の設営や運営、地域全体を遺産の宝庫とみなす動きは、エコ・ミュージアムの提唱者リヴィエール以降のことだからだ。その意味で、アルル民俗博物館は、先駆的な活動であった。博物館のカタログには「博物館は永遠に未完成」と書かれている。それは、地域文化が今もなお生きており、地域住民がいる限り、時代に応じて変容し展開していく可能性を含意しているのである。(つづく)

(写真提供:安達未菜)

*安達先生のインタビュー記事
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【あだち・みな】
1990年、東京都生まれ。神奈川県育ち。東海大学文明研究所特任助教、博士(文学)。東海大学文学部ヨーロッパ文明学科を経て、博士課程前期・後期を東海大学大学院文学研究科文明研究専攻にて修学し、2021年に東海大学にて博士(文学)を取得。専門分野はフランス近現代史、文明学、社会言語学。研究対象はプロヴァンスの地域主義団体「フェリブリージュ」と創設者の一人であるフレデリック・ミストラル。特に、「フェリブリージュ」が第三共和政期に展開させた「汎ラテン主義」構想について分析し、ラテン民族を紐帯とする超国家的な地域主義者の連帯という新たな思想水脈、あるいはその社会構想の試みについて研究している。
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