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食べるしあわせ
里山から目指す「食の循環」 「土とシェフ」代表
五十嵐 創
最終回 料理人で農業の営業マン、そして食の広報マン
 神奈川県相模原市藤野に移住し、料理と農業の領域を行き来している五十嵐創さん。本格的に農業に取り組むうちに、料理と生ゴミを結ぶ食の循環社会を実現するための中心にあるのは“土”だと確信しました。最終回では、現在進行中の取り組みやこれからの大いなる展望などを聞きます。

――生ゴミに着目することから始まった挑戦は、新しい土づくりや新たな農法の仕組みをつくる壮大な話につながっていきそうですね。

五十嵐創さん

 おいしい野菜をつくるカギは、なんといっても土づくりです。一般的な慣行農法で使う化学肥料は、栄養学的にいえば即効性のあるサプリメントのようなもの。それに対して、雑草や収穫後の野菜などをすきこんで土づくりをする自然農法では、微生物が土中の植物を分解して良質な土をつくるまで、ある程度の時間がかかります。そこに膨大なバクテリアが生きている生ゴミからつくった堆肥を加えることで、土づくりの時間が大幅に短縮できるというわけです。
 僕が藤野で農業を始めてからの約5年間は、周りの人たちの協力を得て、どれくらいの割合で堆肥を混ぜればより良い土が早くできるのか、どういう種類の作物がよく育つのか、といったデータ集めの時間だったといっても過言ではありません。

 とはいえ、僕の目標は東京の飲食店から出る生ゴミをゼロにすること。そのために、料理人であるスキルを生かしながら、元気な土で育つ野菜のおいしさを伝えているのです。でも口先で言っているだけではわかりませんよね。そこで土の違いがいかに味の違いになるのかを多くの人に知ってもらおうと、今年(2022年)の夏から藤野にある公民館などを会場に料理教室を開始しました。一つの野菜に的を絞って、植物としての特性やさまざまな調理法、そして土や農家によって野菜の味が違うことなどを深堀りして参加者にお伝えしています。土に触れて、野菜をつくって、料理して食べてみて、野菜のおいしさは土づくりにあり、ということを実感してもらうのが目的です。料理教室としてはかなりユニークだと思いますよ。

コロナ禍の中でも多様な年代の参加者がきた料理教室(写真提供:五十嵐創)

料理教室では藤野産の野菜や果物を使いビネガーづくりにも挑戦(写真提供:五十嵐創)


――料理人で、生ゴミでつくった堆肥を使って健康な土づくりに取り組む農業の営業マンで、そこからできたおいしい野菜で食の楽しみを伝える広報マンで……。生ゴミからつくる堆肥を仲立ちにして、「土=農業」と「シェフ=料理」がつながりましたね。

 堆肥を加えて土づくりをした僕の畑では今、ビーツにタマネギ、それにザーサイなどをオーガニックで育てています。いずれも、輸入ものに比べて品質や鮮度の点で競争力の高いものばかりです。それをそのまま出荷するだけではなく、地域の加工場とも協力して加工品としての商品化することまでを模索しています。
 堆肥をどれくらいの割合で混ぜて、どのような種類の野菜を植え付ければより多くの収益を上げられるのか試行錯誤を繰り返し、できた作物を加工品にしてさらに作物の単価を上げられるまでの道筋が付いたら、畑ごとパッケージにして貸し出すことも検討中です。この畑は、第2回で話したような農作業の孤独や苦労、収益の低さといった農家の課題を解決するための実験農場のようなものなのです。

 畑ごと貸し出す先は、移住してくる農家候補の人たちを想定しています。藤野には農業をやりたいと多くの若者が移住してきますが、借りたり譲り受けたりする畑の土の状態は必ずしも望ましいとはいえません。作物がうまくできなければ早々に生活は行き詰まり、結局、すぐ離農してしまうことになりかねない。だから僕は農業に携わる仲間として、農業の志ある若者がそうならないよう支援したいと思っています。この畑から、持続可能な農業の仕組みを考えたいのです。

――農業希望者に向けて、料理教室ならぬ栽培教室を始める計画も進めているそうですね。

 できれば合宿形式がいいと思うんですよ。最低でも2泊3日、可能ならもっと長期間がいいですね。種を植えたり作物を収穫したりといった農作業を体験して、とれた野菜を料理して食べるだけではなく、畑で作物が成長する様子もぜひ見てほしい。今まで知らなかった野菜の味わいを発見できるはずです。食を自然界から学ぶ場やキッカケになってほしいと思います。
 この栽培教室は、農業希望者だけではなく、一般の人たちも対象にしたいですね。より多くの人にバクテリアが生きている柔らかくてホカホカした土に触れてもらい、おいしい野菜を育む土の力を感じてほしい。ゆくゆくは、ベランダのプランター栽培でも健康な土から自分の手で育てた野菜のおいしさを楽しんでもらえればいい思います。

――畑にはいろいろな大きさのプランターが置いてあって、その周りには色味が異なる土が積み上げてあります。まさに「ただいま、実験中!」という雰囲気ですね。

 そうなんです(笑)。プランター栽培に合う堆肥や土の配合の割合を模索し始めたところです。ベランダはコンクリート面から熱が上がってくるので、その影響を少なくするためには鉢底にどのような土を入れるのか、堆肥と腐葉土の配合はどのくらいの割合がよいのか、さまざまに条件を変えて実験中です。
 それに加えて今、取り組んでいるのが耕作放棄地の再利用です。藤野に限らず、全国で問題になっている耕作放棄地の土壌を改良して、付加価値の高い自然栽培の野菜づくりに転用できればと考えています。農薬を使われた土壌の再生には、オーツ麦の栽培がよいと知りました。麦の実をとったあとに葉や茎を畑にすきこむと土の通気性や保湿性がよくなり、土壌改良に役立つのだそうです。

 日本におけるオーツ麦のニーズは高まりつつありますが、無農薬で国産というのはとても少ないのです。ニーズが高まっているからこそチャンスがある。でも、美味しい調理法というのはまだまだ認知されていません。そのままのオーツ麦を出荷するだけなら、誰も耕作放棄地を再生させるために植えようとは思わないでしょう。多くの人にオーツ麦を食べてもらうにはどうするか。そこで考えたのが、料理人としてのこだわりを詰め込んだおいしくて体にもいいグラノーラづくりです。
 すでに2年ほど前から有機・無添加の素材を使ったグラノーラを商品化しているのですが、この原料を耕作放棄地の土壌改良を目的に植え付けるオーツ麦に変えていこうと計画中です。今は耕作放棄地を借りてオーツ麦の種作りをしているところですが、近々、よい結果が出ると思いますよ。

 生ゴミの堆肥化に始まり、農業や料理、食材の商品化など、僕はいろいろなことに手を出しているように見えるでしょう? ですが一見バラバラに見えて、すべてつながっているんです。東京の飲食店から出る生ゴミをいきなりゼロにすることは無理だけれど、1パーセントでもできることを積み上げて、それが5パーセント、10パーセントになれば、世の中のさまざまなことが変わり始めるという希望を持っています。だから今は、体がいくつあっても足りないんですよ(笑)。(おわり)

――料理人として生ゴミの可能性に気づいたことから、食をめぐる循環づくりに乗り出した五十嵐さん。安全・安心な野菜と収益を両立させる持続可能な農業の営業マンとして、元気な土からできるおいしい食の楽しみを伝える広報マンとして、これからますます活躍の幅が広がっていくに違いありません。

(構成:白田敦子)
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【いがらし・つくる】
料理人、農家。「株式会社 土とシェフ」代表取締役。1984年、東京都生まれ。東京農業大学短期大学部卒業。父が開業した中華料理店「広味坊」の総料理長を務めた後、2018年に神奈川県相模原市藤野に移住。料理人と農家の領域を行き来しながら食の循環社会を目指し活動している。2021年『食のサステナブルAWARD』で金賞受賞。
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