× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
食べるしあわせ
里山から目指す「食の循環」 「土とシェフ」代表
五十嵐 創
第1回 “生ゴミ”は宝物
 地産地消を楽しむオーベルジュ、農家と連携したり自ら農園を持つ郊外型レストランなど、食材にこだわる店が増え、消費者は多彩な店選びができるようになりました。一方で、相変わらず食べ残しや廃棄される食材は多く、食をめぐる流れは農家から飲食店、そして消費者へと一方通行のように見えます。そこに一石を投じているのが、料理人でありながら“生ゴミ”の可能性に着目し、東京近郊の里山に移り住んで農業を始めた五十嵐創さん。「東京のレストランの生ごみをゼロにしたい」という壮大な目標を掲げ、料理人として、農家として、命の源と考える“土”を中心につくろうとしている「食の循環」について聞きます。

――都心から電車で約1時間。神奈川県相模原市藤野にある五十嵐さんの畑には、小さな動物の足跡がたくさん残されています。

秋の植え付けをしたばかりの畑で話す五十嵐さん

 足跡の主はシカです。本来なら柵をつくって獣害対策をきちんとして作物を守らなければいけないのに、土づくりを優先してしまっていて……。作物を荒らされるのは困りものですが、土がホカホカだから気持ちいいのでしょう(笑)。土が柔らかいから雑草も根っこごと簡単に抜けます。この土には、生ゴミを膨大な数のバクテリアによって分解した堆肥が混ぜてあります。土に堆肥を混ぜ、そこに畑の周りの雑草や小枝、収穫後に残った野菜などを細かくして堆肥を混ぜた土に一緒にすきこんであげると、バクテリアが分解してくれて、1~3カ月くらいでこのように元気な土になるんですよ。

 多くのバクテリアがすんでいる堆肥は、生きている土のようなものです。さまざまな作物を育てるために農薬や化学肥料を使い過ぎて土の力が落ちてしまった畑や、長い間、放っておかれて硬くなってしまった休耕地の土に混ぜてあげると、地力が回復してまたおいしい野菜を育てられるようになります。どのくらいの量の堆肥を混ぜて、どういう種類の野菜を育てればより多く収穫できるようになるのか、ここでさまざまな試みをしています。

――雑草を抜きながら根に付いた土を大事そうに払う様子は、どこから見ても農家の人。でも、五十嵐さんはもともと評判の料理人でした。農業に携わるきっかけとなったのが、この堆肥の原料でもある生ゴミの存在。いったいなぜ、料理人でありながら、いわば料理の“影”の存在ともいえる生ゴミに着目するようになったのでしょうか?

 実家は父が開業した中華料理店で、子どものころから洗い物を手伝うなど料理一色の生活を送ってきました。30歳を過ぎたころから店を切り盛りするようになり、多忙な日々の中で、これから料理人としてどう生きていくべきなのか、自分が目指す料理人像を考えるようになったのです。そこで頭に浮かんだのが「持続可能」というキーワードでした。
 環境やエネルギーをめぐり、持続可能性が問われるようになってきた世の中の動きを見て、これからは料理の世界でも持続可能なやり方が求められると感じたのです。そこで、「料理は食材を生かすこと」という父から叩き込まれてきた基本は大切にしつつも、「自然環境に負荷をかけない料理人になろう」と考えました。

 では具体的にどうするか? 水は井戸水を使えるし、燃料は薪(まき)を使えばいい。調理道具の鉄はリサイクルできるし、電力は自然エネルギーを利用すればいい。ところが、生ゴミ廃棄の問題だけはどうにも解決の仕方が見つかりません。そこであらためて気づいたのは、こと料理に関しては、つくることから生ゴミを出すことまでの「一方通行の流れ」しかない、ということ。ひとたび気づいてしまうと、厨房を見回すたびに大量の生ゴミが気になって仕方がなくなりました。「この生ゴミはどこに行くのだろう」と、素朴な疑問がわいたのです。
 廃棄される大量の生ゴミを、なんとか資源として生かす方法をないだろうか――。それからしばらくは、湾岸エリアのゴミ処理場を見学したり、市場のゴミ処理の様子をのぞきに行ったりと、怖いもの知らずの猪突猛進で調べました。

――料理人としての評価も高まって油が乗った時期。これから華々しい活躍の場が広がるというときに、あえて真剣に生ゴミに向き合おうとしたわけですね。

 僕は一度思い込むと、とことん追求しないと気がすまない性質なんです(笑)。ゴミ処理の現場で途方に暮れるほど大量の生ゴミを目の当たりにして衝撃を受けました。僕は料理人として食材を生かすと言いつつも殺生を続け、結局はゴミの山を築いているだけなのではないか、とも思いました。これはもう無理だ、こんな気持ちではもう料理できない――。あのときの怒りにも似た絶望感は、今でも忘れられません。
 料理人としてなんとか生ゴミを生かす方法を考えたいけれど、僕ひとりの思いだけではどうにもなりません。政治や行政に携わっているわけでもなく、料理人は無力だと落ち込むばかりでした。そのころ耳にしたのが、ペルーのガストン・アクリオやデンマークのクラウス・マイヤーらの名前。彼らは一流の料理人でありながら、若者の貧困やスラム街の雇用問題などに取り組んでいることを知ったのです。料理人でも政治や社会的な活動にかかわる生き方ができる――。小さな光が見えた気がしました。そして、僕も本気で取り組めば飲食店から出る多量の生ゴミを利用して食をめぐる循環システムをつくれるのではないかと、考えるようになりました。

 とはいうものの、いったい何から取りかかればいいのかわかりません。そのヒントを教えてもらおうと、母校である東京農業大学に行き、発酵学の専門家・小泉武夫先生に相談しました。小泉先生からは「日本は堆肥の文化である」と教えてもらい、見せてもらったのが『バクテリアを呼ぶ男』(地湧社)という1冊の本です。それを書いたのは、有機廃棄物を資源である堆肥にする循環システム「ハザカプラント」を立ち上げた葉坂勝さん。夢中で読み進めるうちに「これなら東京の飲食店から出る生ごみをゼロにすることも夢ではない。僕が目指す道はここにある!」と、涙が止まりませんでした。本の中に出てきた“命の循環”という言葉が心に強く響き、「生ゴミは宝物だ!」と思ったのです。

 生ゴミを利用して食をめぐる循環システムをつくりたいという思いは募るばかり。思いきって葉坂さんに長文の手紙を書いたところ、しばらくして会ってもらえることになりました。葉坂さんが事業を始めてから約35年の中で、料理人が生ゴミに関心を持って話を聞きに来たのは初めてとのこと。僕に「命ある食材を扱う料理人としてどうありたいのか」と問い、重ねて「料理の三大原則は風土と風味と風景」であり、その原点にあるのが土である、と話してくれたのです。その言葉を聞いて、生ゴミをなくすことで頭がいっぱいだった僕は、料理人としてこれまで本当に料理に向き合ってきたのだろうかと自問することになりました。

――料理の味わいとは、まさに「風土・風味・風景」すべてだということですね。

 そうです。風土とはそこにある自然であり、それを生かして育てた命に風味が乗り、その背景には人や自然や命のつながりを含めた風景があって初めて料理ができる。そう教えてもらい、僕は果たして料理をつくってきたのだろうかと衝撃を受けました。あらためて料理人としての原点に向き合わざるを得ない。そして、「廃棄なんて人間のおごり。すべては命の循環であり、その大切さに気づいたのだから、君はやらなければならないんだよ」という葉坂さんの言葉に背中を押され、あらためて料理人として食の循環社会をつくることに貢献したいと思ったのです。

 葉坂さんのプラントは、多くのバクテリアの力を活用して25日間で生ゴミを完熟堆肥に変えます。生ゴミを生かす方法が見つかったことで、料理人である僕には何ができるかと考え、「そうだ、生ゴミからできた堆肥でとびきりおいしい野菜をつくろう!」と決めました。風土・風味・風景の原点である土をつくり、野菜を育て、収穫して料理しよう――。その決意を「土とシェフ」という名前に込めて、約5年前から僕の考える食の循環づくりに取り組み始めたのです。(つづく)

――持続可能な料理人を目指し、生ゴミの可能性に着目した五十嵐さん。都心で評判の料理人から一転、里山に移住して生ゴミからつくった堆肥を活用して農業に取り組み始めました。待っていたのは、今でこそ「あまり覚えていない」と自身も笑う数年間にわたる無我夢中の日々。次回は、そんな毎日を支えた敬愛する農業の先輩たちとの出会いについて聞きます。

(構成:白田敦子)
ページの先頭へもどる
【いがらし・つくる】
料理人、農家。「株式会社 土とシェフ」代表取締役。1984年、東京都生まれ。東京農業大学短期大学部卒業。父が開業した中華料理店「広味坊」の総料理長を務めた後、2018年に神奈川県相模原市藤野に移住。料理人と農家の領域を行き来しながら食の循環社会を目指し活動している。2021年『食のサステナブルAWARD』で金賞受賞。
新刊案内