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きれいをつくる
天気と元気の気になる関係 天気痛ドクター
佐藤 純
最終回 天気と私たちの未来
 これまで見過ごされてきた天気と体調の関係に目を向け、そのメカニズムを解き明かした佐藤先生。30年以上にわたって研究を続けてきた天気痛ドクターが考える私たちと天気の未来とは、どんなものなのでしょうか。

――佐藤先生はなぜ「気圧」に着目して研究をしようと思われたのでしょう。

 きっかけは30年ほど前になります。アメリカの大学で慢性痛と自律神経系の関係を研究し、交感神経が興奮することで痛みが起こるメカニズムを発見した私は、帰国後もこの分野の研究を続けていました。その際、「研究をさらに深めるためには慢性痛の患者さんをもっと診る必要がある」と思い、痛み外来のある名古屋の大学で、見学を兼ねて週1回働かせてもらうことにしたのです。

 そこで気づいたのは、患者さんの中に「雨が気になる」「天気が悪いと頭が痛くなってくる」という話をする方が多くいるということでした。とても興味深く感じると同時に、それまでの研究経験から「天気の変化によって起こる、おそらく“気圧の変化”がその人にとっての大きなストレスとなって痛みを引き起こしているのではないか」という仮説が直観的に浮かびました。以来、気圧と慢性痛の関係を解き明かすための研究に取り組むようになったのです。

――立証していくのはかなり大変だったのではないですか。

 何しろ今まで研究した人がいません。メカニズムらしいメカニズムを提唱している人もいないのです。「痛み」というのは個人の感覚なので、指標にしていくのが非常に難しい。最初のうちは研究室のボスにも「やめたほうがいい」と言われました(笑)。でも、人と違うことをするのが面白いとも思ったんですね。

 この研究で重要なのは、気圧と痛みの因果関係を探ることでした。例えば「雨が降ると頭痛がする」というのは相関関係ですが、相関関係というのは割といろいろなことに当てはまってしまうものなのです。「AはB」という現象があったとしても、別の視点で見ると「AはC」という現象もある。ですから天気と体調についても、相関のとり方次第で「関係がある」とも「関係はない」とも言えてしまう。それを突破するためには因果関係、つまりメカニズムを解明するしかない。それが見つかりさえすれば、必ず病気の治療につながっていきます。

 ここでのメカニズムとは「気圧を感じるセンサーが体のどこにあるのか」を見つけることです。研究室にくる学生たちと協力して、気圧を下げる・上げるという刺激で痛みがどう変化するのか、自律神経がどう反応するのか、それが健康な状態と慢性痛を持った状態で違いがあるのか、といった疑問を実験によって一つひとつ検証していきました。その結果、内耳の神経が気圧の変化に反応することを発見したのです。

――気象病が長らく「気のせい」と見過ごされてきたのは、因果関係がわからないことが大きいですね。そのため「気づきにくい」というのもうなずけます。

 患者さんの中には「『外界から自分を遮断したい』と言って真っ暗な部屋に引きこもっていた方が、実は気象痛だった」という事例もありました。もちろん引きこもりの原因に必ずしも天気があるわけではありません。ですが、何人かは当てはまる方がいて、治療をするうちに外に出て光を浴びることが苦痛でなくなり、最後には社会に戻ることができたというケースが実際にあるのです。

――お話をうかがっていると、これまで気づかれていなかった事柄に焦点を当てることの意味を感じました。現代の生活では、自分たちの暮らしが自然環境の中にあるという当たり前のことを忘れがちです。

 高度経済成長期の昼も夜も働くような時代が過ぎて、さまざまな災害やコロナ禍も経験した今、「自然や環境を無視して生きていくことはできない」ということを見つめ直すときが来ているのではないでしょうか。環境問題もその一つです。
 例えば温暖化というと「テクノロジーでどうにか解決できるのではないか」という方向に話が向かいがちなのですが、本当は私たちの生死に関わる問題なのですよね。「このままでは食べ物がなくなってしまうのではないか、人が住めない環境になってしまうのではないか」といったことがようやく意識されるようになってきた気がします。そうした中で、気象病や天気痛をもっと多くの方に知っていただき「自分も意外と環境の影響を受けているんじゃないかな」と考えるきっかけにしてほしいですね。

――近ごろはさまざまな媒体で気象病や天気痛が取り上げられ、やっと認知度も高まっているように感じます。

 最近では、日本医師会が発信する健康情報紙でも天気痛を紹介してくれました。こ れはとても画期的なことで、コツコツと研究を続けてきた者にとってはうれしい出来事でした。天気痛対策の必要性が研究分野から実際の医療の現場にも広がっているということですから。
 私自身もウェザーニューズと共同で「天気痛予報」を配信しています。アプリやウェブサイトで見ることができるので、ぜひ日常生活に役立ててもらえたらと思います。


――花粉症予報や紫外線情報などのように、一般のニュースで「天気痛注意報」を目にする日もやってきそうです。

 実際にお試しで行っているニュース番組などもあるようなので、実現の日は近いのではないでしょうか。そんなふうに、自分の体調を左右するものの選択肢に「天気」があることが当たり前になってほしいですね。そうした意識を周りの人に対しても持ってあげることで、気象病に苦しむ人たちへの理解が深まっていくことを願っています。(おわり)

自分が思うよりもずっと多くのものから影響を受け、日々生きている私たち。2022年は記録的な早さでの梅雨明け、異例の猛暑と、自然環境の変化を肌で感じるような気候が続いています。そんな今だからこそ、ちょっと立ち止まってひと呼吸。今日の空を見上げて、自分の体の声に耳を傾けてみませんか。そこには明日をもっと元気に、生き生きと過ごすヒントがあるはずです。

(構成:寺崎靖子)
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【さとう・じゅん】
1958年福岡県生まれ。医学博士。東海大学医学部卒業後、名古屋大学大学院で疼痛生理学、環境生理学の研究を開始。1987年、米ノースカロライナ大学に留学し、慢性疼痛と自律神経の関係について研究を行う。名古屋大学教授を経て、2005年より愛知医科大学病院・いたみセンターで日本初の気象病外来・天気痛外来を開設。天気痛研究・診療の第一人者としてメディア出演も多数。2020年には株式会社ウェザーニューズと共同開発した「天気痛予報」をリリースし、注目を集める。主な著書に『「天気が悪いと調子が悪い」を自分で治す本』(アスコム)、『「雨の日、なんだか体調悪い」がスーッと消える「雨ダルさん」の本』(文響社)など。
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