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きれいをつくる
今がチャンス!“一生モノの運動習慣” 東海大学体育学部教授
萩 裕美子
最終回 “貯筋”でつくるあなたの未来
 コートやフィールド、ジムばかりではなく、日々の暮らしがそのまま運動の場になる――。生涯スポーツや日常的な運動習慣の啓蒙などに取り組む萩裕美子教授へのインタビューの最終回は、あなたの「これから」に役立つ運動習慣をめぐる新たな取り組みなどについて聞きます。

――萩先生は、健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)の延伸や健康支援を目的に、企業や地域に向けたプログラムの提供などにもかかわっています。

 日本ではこの10年来、20~40代の働き盛り世代の運動不足が問題視されてきましたから、それを解決するためには、どうしても企業や地域へのアプローチが必要になります。健康づくりやスポーツの振興は、個人の課題だけではなく政策や生活環境も大いに関係しています。環境を整備することで一人ひとりが健康で楽しく生きられるようになれば、社会は大いに活性化するでしょう。

萩教授が代表を務めるNPO法人では企業の社内イベントなどで体力テストを実施しフォローアップしている

 社会のそうした要請から、私たちは企業や地域の健康支援を目的とするNPO法人を立ち上げ、毎日続けられるような筋力や体力を保てる数分間の運動プログラムなどを提供しています。概要は、簡単な体力テストやその後のフォローアップとして指導者による一人ひとりに必要な運動のアドバイス、さらに仕事の前後や合間に数分でできるエクササイズの提案、その環境づくりへの提言などです。

 半世紀前の高度経済成長期には、企業や工場が始業前に一斉にラジオ体操をやったり会社をあげてスポーツに取り組んだりと、企業が積極的に社員の健康づくりにも乗り出していました。それからおよそ30年前のバブル崩壊やその後のリーマンショックによる業績悪化で、企業は福利厚生とされてきた社員の健康向上への取り組みは削られてしまいました。それが今は国民の健康維持・向上が国の喫緊の課題となり、企業や地域など社会全体が取り組むべき課題として新たな段階になってきていたのだと感じています。

――より多くの人が楽しめる新しいスポーツの形も出てきているようです。

地域の施設でボッチャを楽しむ人たち

 そうですね。多くの人にとってスポーツというとバスケットボールやバレーボールなどオリンピックなどで見られる種目と思いがちですが、今はテニスを改良して手軽にできる「スポレック」など、いわゆる「ニュースポーツ」と呼ばれるものが多く考案されています。また、スポーツ嫌いの若者たちが中心になって、誰もが参加できるスポーツを創造して楽しむ「ゆるスポーツ」という取り組みもあります。高齢社会を迎え、こうしたアプローチはますます増えていくと思います。勝っても負けても楽しいというスポーツ本来の楽しみ方を、より多くの人に知ってもらう機会になればいいですね。

 2022年4月から始まったスポーツ庁の「第3期スポーツ基本計画」では、目標のひとつとして「スポーツを『つくる/はぐくむ』」という項目が設けられ、社会の変化に応じてこれまでのルールや枠組みにとらわれない新しいスポーツの創造・実践を後押ししています。

――これからは運動もひとつの一般教養として、体の動かし方や効果などを理解する必要があると感じます。コロナ禍を経てパーソナルトレーナーの人気が高まっていると聞きました。

 運動も全体より個別という方向に進んでいくと思います。「スポーツ・フォア・オール」と言われていたのが、今は「スポーツ・フォア・エブリワン」。つまり、一人ひとりに合った運動の提供、あるいは選ぶ力が必要になります。
 中高年女性の場合、健康寿命を伸ばすためにはとにかく足腰を鍛えることが大切です。筋肉は放っておくと1年に1パーセント落ちるといわれますが、30年も積み重なれば30パーセントです。低下を防ぐ運動をしているかそうでないかで、大きな差になります。何もしなくても痛くも痒くもないけれど、確実に10年後、20年後には何らかのしっぺ返しがあります。そこを理解して、自分に合う無理のない運動習慣をつけることが大切です。

 今はインターネットでさまざまな体操が公開されています。少し前には考えられなかった画期的なことですが、一方で正しく体を動かさないと筋肉を傷めたり逆効果になりかねません。ですから、初めてやるときにはどこに力を入れるか、どの筋肉に対して効いているのかを理解して指導者に教えてもらうことが大切です。そういう意味でも、運動の指導者養成も急務ですので、私もそのためのプログラムづくりや講座の開催などに取り組んでいます。

――コロナ禍を通して、あらためて自分の住む地域を見直すきっかけにもなりました。家の中だけではなく、これからは地域の運動施設なども使いたいと思います。

 それぞれの地域で運動教室などが開催されているので、一度、参加してみてはいかがでしょうか。指導者に体の動かし方や筋肉の使い方を教えてもらえば、その後はさまざまな施設や器具を使えるようになるでしょう。
 欧米では、スポーツをするのは当たり前という考え方が根づいています。地域の施設が充実していて、誰でも自主的にトレーニングしたりスポーツしたりしています。これからは日本も運動面でそうした環境を整えていかなければなりません。小学校や中学校の体育のカリキュラムの見直しも進みますから、これから10年くらいでさまざまな変革が起きると思います。

東海大学地域スポーツクラブは近隣の学校開放をサポートしている

 その先駆けになればと今、大学で教え子たちと取り組んでいるのが地域の学校開放のサポートです。公立小中学校の施設は公認された団体にしか貸さないので、私たちが「東海大学地域スポーツクラブ」というものをつくり、その使用日には地域の誰が来ても使えるようにするのです。団体やコミュニティーに入らなくても、その日に子どもと一緒にフラッと立ち寄ってバドミントンをしたり、体育館が開いているからバスケットをしたりと、思い立ったまさにその時に運動できるように考えた試みです。
 こうした取り組みをどんどん各地に広げていくためにはまだ解決しなければならない多くの課題がありますが、身近な場所で体を動かしてスポーツを楽しめる環境を整えるために何ができるか、これからも考えて続けていきたいですね。(おわり)

 人生100年時代といわれて久しい今、周りを見渡すと誰もが先の長さに不安を抱えているように感じていました。でも、案ずるより産むが易し。萩先生の話を聞いて、少しずつでも体を動かし、「今日も一日楽しかったね」と思える毎日を積み重ねて自分の未来をつくっていこうと思いました。さあ、あなたもご一緒に!

(写真提供:萩 裕美子 構成:白田敦子)
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【はぎ・ゆみこ】
東京都生まれ。東京学芸大学教育学部(保健体育)、女子栄養大学栄養学部卒業。女子栄養大学大学院研究生を経て博士(保健学)取得。東海大学体育学部教授、同大学大学院体育学研究科長。スポーツ庁健康スポーツ課ビジネスパーソン向け国民運動推進協議会委員、公益財団法人健康・体力づくり事業財団運動指導者養成事業運営委員会専門部会委員、神奈川県広域スポーツセンター運営委員会委員などを歴任。NPO法人フィジカライン理事長。共著に『健康・スポーツの指導(フィットネスシリーズ)』(建帛社)、『知ってほしい女性とスポーツ』(サンウェイ出版)、『頭と体のスポーツ(玉川百科こども博物誌)』(玉川大学出版部)など。
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