ちょっと、僕の子どものころの話をしよう。
僕は小学2年生のときに、親の仕事の都合で神奈川から群馬に転校した。
転校して間もないころに風邪で学校を休んだ翌日、既に何人か友達になったクラスメイトたちがやけによそよそしいのに気づいた。
おかしいなあと思って一番話しかけやすい子に聞いたところ、衝撃の返事がかえってきた。
「昨日、ホームルームで担任の先生が『他県から転校してきたヨソ者の石川くんとは遊ばないように』とクラスのみんなに伝えてたよー」というものであった。
「タコハイ レモン&ライム」
(サントリー株式会社)
なんと、先生率先の元に「いじめられっ子」にされてしまったのだ。
元々手先が不器用でシャイということもあったが、まさか先生によっていじめのきっかけが起きるとは思ってもいなかった。
しかもそのクラスには、小学2年生にして少年院に入った経験のある子が2人もいた。
ひとりは、親が毎日「万引きするまで家に帰ってくるんじゃないよ!」という家であった。
それ以降、友達や先生からビンタなどは毎日食らうのが当たり前のイジメを受けていた。まあ他にもいろいろされたと思うのだが、自己保身のための忘却力が強くなり忘れてしまったけれど。
しかし、やがてわかってきた。僕がいじめられてカッコ悪いさまを、皆がクスクス楽しそうに笑ってることを。
面白そうに笑ってることを。
「なんだ、俺、みんなを笑顔にしてるじゃん」
そこから気持ちを切り替えた。ブザマな自分を隠すのをやめた。おおっぴらに不器用な自分をそのまま出すようにした。
自分から笑いに変えるようにした。
「サントリービール」
(サントリー株式会社)
するといつの間にか、僕の周りにどんどん人が集まり始めた。
いつしかクラスで一番ともいえる人気者になっていた。
このときの処世術というか、咄嗟にどうしたらいじめを受けずに済むかが、大人になってから初めて会う人とでも相手の空気感を読んで、即興のパーカッションを付けられるようになったことの訓練にもなっていたと思う。
つまり、今の仕事ができる基礎にもなっていたということか。
いじめてくれて、ありがとう。
今でもコレクション開始時期に集めた、文字通りの昭和の空き缶を見ると、そのころのことを思い出し、なんだかちょっぴり胸がシクシクするのです。
けれど、僕は缶ドリンクを探しに、今日もまた知らない町に出かけるのです。
まだ見ぬ缶が「やあ、来たねっ!」と待っている、その新しい出会いを求めて。(おわり)
――編集部から
連載第1回で、「僕はゴミに縁がある」と言っていた石川さん。33年の歳月を経て、それは2万缶という他の追随を許さない一大コレクションとなりました。日本一、いやたぶん世界一。なぜ「たぶん」なのか? それは、石川コレクションの全容を解明するためには膨大な床面積と何往復もしてくれる軽トラ&運転手さんとせっせと並べてくれる人力が必要だからなのです。エッセイ連載最終回にあたり、まずは場所を提供してくれる酔狂、じゃなくて奇特な人を大募集。ぜひ、編集部までご連絡を。インスタグラムでは、これからも石川コレクションをほぼ1日1本のペースでアップ。引き続き、どうぞごひいきにお願いします!2万本にもなる石川浩司さんの空き缶コレクションから選りすぐりの1本を、「かもめの本棚」公式インスタグラムで紹介中。インスタグラム【今日の空き缶】ぜひご覧下さい。 【石川浩司のひとりでアッハッハー】
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