ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソンをテーマにした好評既刊『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』(2025年8月発売)の著者・内山さつきさんによる新連載です。本の完成という一つの節目として、再びトーベの故郷フィンランドへと向かった内山さん。夏の記憶を追いかけた著書とは季節を変えて、秋のフィンランドを舞台に、トーベの作品や足跡を手がかりにその面影を探す旅を綴ってもらいます。* * *
昨年(2025年)の10月、フィンランドを訪れた。前回の訪問からほぼ1年ぶりとなる今回の旅は、8月に出版した
『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』の執筆に力を貸してくれた友だちと、本に収めたインタビューに答えてくれた人々に会ってお礼と献本するのが目的だった。
飛行機で旅をするときは、着陸前にその土地の景色が近づいてくる時間が特に好きだ。長いフライトではたいてい通路側の席を取ってしまうけれど、機体が傾くたびに窓から見える異国の風景に心惹かれる。今回ヘルシンキ空港に降り立つときには、黄色に染まった白樺の森と、ぼんやりとかすむ地平線まで無数に点在する湖が見えた。懐かしく、私の大好きなフィンランドの風景。10月のフィンランドはまさに紅葉(ルスカ)の季節だ。気温は摂氏1度。すでに日本では冬と呼ばれるような寒さだが、道端には目の覚めるような赤や黃に染まった木々があちこちで輝いている。

紅葉の美しいヒエタニエミの墓地

トーベのお墓に本の出版を報告
空港には、長年の友人で、本の執筆のサポートをしてくれたニナが迎えに来てくれた。まずはトーベ・ヤンソンのお墓にご挨拶に行くことにする。トーベのお墓はヘルシンキ市内中心部、ヒエタニエミの墓地にある。フィンランドの著名人たちも多く眠る広い墓地にはたくさんの木々が植えられていて、くすんだ古い墓石と黄色く色づいた葉のコントラストが美しかった。トーベたちヤンソン一家の眠るお墓は、入口から少し歩いたところにある。父ヴィクトルが手がけた幼子の彫刻が柱の上で踊るようにしている、愛らしいお墓だ。
秋の墓地は静かで、曇り空から枯れ葉がはらはらと舞い落ちてくる。紅葉もそろそろ終わりを迎えつつあることを感じさせた。私は表紙がトーベのお墓に見えるように本を手にして、彼女に心からの感謝の気持ちを伝えた。11年前にもそうしたように。あのときはトーベの小説に惹かれるままに、彼女が夏の間暮らした孤島や縁のあった土地、人々を訪ねた。今度は自分が書いた本に促されるようにして、再びここを訪れている。トーベ・ヤンソンは、私を導いてくれる不思議な作家だ。フィンランドを訪れるといつも、次に行くべき場所をそっと目配せしてくれるような。そしてそれを追いかけて旅をしているうちに、気づけば私は一冊の本を書いていた。
トーベに白いバラの花を捧げ、墓地を後にしたとき、曇天だった空からはゆっくりと晴れ間がのぞきはじめていた。
2025年はムーミン出版80周年の年とあって、フィンランドでもあちこちでムーミンの展覧会やフェアが開催されていた。ヒエタニエミからほど近いところにあるヘルシンキ市立美術館(HAM)では、トーベがフィンランドのポリという町の保育園のために描いた、ムーミンの壁画を展示する展覧会が開催されていた。
「ムーミン」の核となる小説のシリーズは、1971年の『ムーミン谷の十一月』(講談社)をもって完結している。その後、1977年にスピンオフ的な絵本『ムーミン谷へのふしぎな旅』(講談社)、1980年に写真絵本の『ムーミン谷のひみつのにおい』(講談社)が出版された。小説を書き終えたあとも、トーベはこうしていくつかのムーミン作品を手がけている。この保育園の壁画は三部作で、トーベが70歳の1984年に完成した。つまり本編完結後、晩年にトーベがムーミンを描いた作品なのだ。普段は保育園内部にあるため非公開だが、保育園がリノベーションしている期間、特別に貸し出されてこの展覧会が実現した。
保育園の設計はトーベのパートナー、トゥーリッキ・ピエティラの弟夫妻で、建築家だったレイマ・ピエティラとライリ・ピエティラ。園の名前は、シリーズ3作目の『たのしいムーミン一家』(講談社)に登場する、中に入ったものの姿を変えてしまう魔法の帽子にちなんで「飛行おにのぼうし」と名付けられている。この「飛行おにのぼうし」園は、ムーミンをテーマにした保育園で、子どもたちの組や、各部屋の名前がムーミンのキャラクターになっている。壁画の他に、園内で使われているムーミンのキャラクターたちの絵もトーベ自身が手がけた。

ポリの保育園のために描いた三部作の壁画。左から「夏」「春」「秋」
© MOOMIN CHARACTERS™
その三部作の壁画は、HAMの展示室に入ったときから存在感を放っていた。それぞれ「夏」「春」「秋」と名付けられ、ムーミン谷の3つの季節を描いている。花の匂い立つような幻想的な夏の夜、まだ氷や雪の残る春のあたたかな日、遠くで雷光がきらめくミステリアスな秋の夕暮れ。そんな美しい風景の中で、ムーミンのキャラクターたちが思い思いに遊んでいる。特に目を奪われたのは光の表現で、あずまやから漏れている明かりや、遠い山で焚かれるかがり火、野外劇場の光や赤く染まる夕焼けなどは、まるで色彩そのものが発光しているかのように浮き上がって見えた。70代を迎え、再びムーミン谷に戻ってきたトーベの作品には、彼女の熟練の画家としての力量が冴え渡っていて、私はしばし釘付けになった。

ポリの保育園のために描いた、ムーミンのキャラクターたち
© MOOMIN CHARACTERS™
園内で使われているキャラクターで、ミクストメディア(異なる素材を組み合わせる技法)による絵も愛らしかった。1960年代頃から、トーベとトゥーリッキは、友人のペンッティ・エイストラとともにムーミンのミニチュアづくりに夢中になっていた。この遊びはやがて高さ2.5メートルの特大のムーミン屋敷のジオラマに結実している(このムーミン屋敷は現在タンペレのムーミン美術館で展示中)。ポリの保育園のために描かれたキャラクターたちは立体作品ではないけれど、髪の部分にフェイクファーのような素材が使われていたり、服にボタンやビーズが付いていたりして、トーベのミニチュアへの関心や技法が随所に表れているのが興味深かった。
「ムーミン」シリーズが完結し、晩年には創作の中心が大人向けの小説に移行していっても、こうした作品の細部に至るまで遊び心と愛を注ぐ姿勢は、ずっと変わることはなかったのだと、私はうれしくなった。そしてまた、ものを作り上げることの喜びをトーベから分けてもらったような気がした。
ヘルシンキ市立美術館でのこの展覧会は2026年1月6日で終了しているが、これらの作品は2月13日からポリのサタクンタ博物館でも展示される。また、ヘルシンキ市立美術館でも2月13日に新設のトーベ・ヤンソン・ギャラリーがオープンする。2025年のムーミン出版80周年はひと区切りがついたが、フィンランドではこれからもまだまだ新しいトーベの一面に出会うことができそうだ。(つづく)
(写真提供:内山さつき)
【内山さつきさんのInstagram】
https://www.instagram.com/satsuki_uchiyama/?hl=jaトーベとムーミン展
~とっておきのものを探しに~
[長野会場]
[会場]長野県立美術館 (長野市箱清水1-4-4 城山公園内・善光寺東隣)
[会期]2026年2月7日(土)~4月12日(日)※休館日:水曜日、2/11(水・祝)は開館、翌2/12(木)休館
[開館時間]9:00~17:00(展示室入場は16:30まで)[公式サイト]https://tove-moomins.exhibit.jp/(最新情報をご確認ください)◆長野会場にて、書籍『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』を販売しています。この機会にぜひお買い求めください。好評既刊『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』
内山さつき 著

定価2420円(税込)
「ムーミン」シリーズの生みの親で、芸術家としても知られるトーベ・ヤンソン。彼女が26年間、ほぼ毎年の夏を過ごした場所は、フィンランド湾に浮かぶ小さな島クルーヴハルでした。今なお水道も電気もないその島に滞在した忘れがたい日々と、トーベの友人たちが語った色褪せることのない思い出――。この二つの記憶を重ねるように綴られる旅のエッセイです。アトリエや幼少期を過ごした家など、ゆかりのスポットも収録。ページをめくるたびにトーベが見つめていた世界に出会えます。
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