第1回 キモチとチヂミ 石川浩司(ミュージシャン)
「だま~!」中国の桂林でいきなり大声をかけられた。今から30年以上前。当時僕がやっていた「たま」がデビューしてちょっとテレビなどに出ていたこともあったが、まだインターネットなども無かった時代だったので外国で声をかけられるとは思っていなかった。ところがその人に話を聞いてみると、日本に留学していたので僕のことを知っているという。その後「晩飯を一緒に食わないか、僕が奢(おご)るから」と言ってきて、地元の人との交流も面白いかなと行ってみることにした。
夜に約束の店に着くと、彼だけかと思っていたら十数人も彼の友達が集まっていた。「まあ、賑やかでいいかな」と思っていると、鍋が運ばれてきた。「なに鍋?」「まぁ、食べてみなよ」鍋の中には白子のようなブヨブヨした物も入ってた。味は淡白だった。「これ、なんの肉?」「今、あなたの食べたの……猿の脳みそよ(笑)」「ゲーッ!」
聞くと中国でも最近は食猿は禁止されているが、秘密のルートで入荷したとのこと。気持ち悪いなーと思いながらも食事も済み帰ろうとしたら「全額お前が払え。日本人は金持ってるだろ!」と言ってきた。奢ると言っていたのに話が違うと一悶着ありナイフも出された。でもそういえば最初に呼ばれた時「たま」では無く「だま~!」と呼ばれたっけ。あれは「だましてやる」の「だま~!」だったのかもしれないと、ちょっと苦い経験だった。
シベリアの奥地のマガダンという町に演奏旅行に行ったこともあった。ところがライブ当日ロシアで紛争が起き「本日は歌舞音曲の演奏を禁止する」というお達しが出た為、急遽(きゅうきょ)オフになった。「じゃあ昼から酒でもかっ喰らいますか」ということになり「この町で一番おいしい店はどこ?」と地元のスタッフに聞くと、なんとロシア料理屋ではなく韓国料理屋だという。しかたなくその店に行き、早速ビールを注文。そしてとりあえずのオツマミが欲しいと「早く出る物はと……あっ、キムチがあるな。キムチください!」と注文するもなかなか出てこない。30分しても出てこないので「あの? キムチまだですか?」と聞くと「今、焼いてるよっ」の声。「焼いてる!?」と不思議に思っていたところ、運ばれてきたのはチヂミであった。韓国からシベリアの奥地まで来る間にキムチとチヂミの意味が入れ替わってしまったようだ。こんなこともあるのだなあと、不思議な気持ちにかられた。
タイのチェンマイには毎年2月に1カ月滞在をもう20年も続けている。理由は単純に「日本が寒いから」。お気に入りは日本の昭和のような住宅地の、心許ない小さな電灯だけの暗くて細い路地をトボトボと歩いていくと、突如開けて光も煌々と現れる「千人火鍋」という巨大な体育館のようなローカル食堂。ここは定額料金のバイキングのような店で、タイ人に囲まれながらそれぞれ好きな具材を取ってきて鍋をつつき、「タワー」という名の蛇口の付いた巨大なビールサーバーからングングとビールを飲みつつやるのが最高だった。しかし数年前、街に続々と出来たオシャレなレストランに押されて消えてしまった。まさに幻のような店だった。
ある時、友達がレンタカーを借りてくれたので一緒にドライブにも行った。山の上に小さな屋台が出ていて何かおいしそうなものを焼いて売っている。「焼き鳥かな?」と覗いてみると、それはなんとネズミ。しかも腹を切り裂いた姿そのままの丸焼き。話の種にと買って食べてみた。小骨の多い豚肉に近く、変な味ではなかった。ちなみにドブネズミでは無く、稲とかだけを食べているネズミなので安全だそうな。
20年くらい前、韓国の外国人があまり来ない町をうろついていると、田舎町の肉屋さんが現れ、看板に絵が描かれていた。日本なら普通「牛・豚・鶏」だと思うのだが、その肉屋さんの絵は「豚・鶏・犬」だった。可愛いワンちゃんが「僕を食べてワンッ」と笑ってた。が、韓国では犬食文化があるのは聞いていたので、もっと驚いたのはその近くのローカルな市場だ。犬はもちろんだが、見たこともない巨大な猫が檻の中でニャーニャーと売られていた。猫は一体どんな調理法で食べられるのだろう……。ちなみに日本では馬肉も食うが、韓国では「えっ!? うっ、馬を食べるんですか!?」と逆に驚かれるらしく、価値観の違いも面白いなと思った。
世界は広い。日本とは違ういろいろな場所でその土地なりの食べ物にチャレンジするのも、旅の醍醐味のひとつである。
(イラスト:きりたにかほり)
『懐かしの空き缶大図鑑』
石川浩司 著

定価2420円(税込み)
バンド「たま」としてメジャーデビューする前からなんとなく始めたという空き缶コレクションは、34年間でなんと3万缶以上! 「自分で探して自分で飲む」をモットーに、昭和から平成にかけて体を張って集めたお宝缶を一挙大公開! 選りすぐりの650缶あまりを「味」「郷土」「スポーツ」「ネーミング」「キャラクター」「昭和レトロ」など、8つのテーマに分けて痛快なエッセイとともに紹介します。
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