× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
美しいくらし
自由な旅のレシピ 「旅の食堂ととら亭」店主
久保えーじ
第9回 年と体に付き合いながら
おいしい料理があると聞けば、地の果てまで探しに行くのが「旅の食堂ととら亭」。その守備範囲は広く、標高でいうと、死海のマイナス430メートルから、ウユニ塩湖とサンペドロ・デ・アタカマの間に広がるダリ砂漠の4750メートルまで。気温ならば、カナダのトロントでマイナス22度の吹きさらしにたたずみ、オーストラリアのカカドゥ国立公園では44度の昼下がりに岩山を登っていました。

ヨルダンからの死海遠望。対岸はイスラエルのユダヤ砂漠

ボリビア南西部、通称ダリ砂漠。奇岩がダリの絵画の岩に似ているため

カカドゥ国立公園北部の岩山からアーネムランドを望む


こうした過酷な旅ができたのも、ひとえに僕が若き日のスタローンに似たマッチョガイだから……ではありません。ほどよく老朽化の進んだ普通の62歳です。しかも腰部椎間板ヘルニアの爆弾持ち。左ひざは半月板と膝蓋骨裏の軟骨破損で傷だらけ。だからこそ、この年齢で昭和のスポ根トレーニングを続けているわけですが、普通に旅をするだけなら、筋肉痛にうめく日々を送る必要はありません。それこそ日常の運動として、会社帰りにひと駅手前で降りて歩くとか、エレベーターの代わりに階段を使うなど、その程度で十分。ヨガもいいですね。体の柔軟性は筋力以上に旅先で役に立ちますから。

バーレーンのホテルに併設していたジムにて

「もう少し本格的に」とお考えでしたら、ジムに通って、最初はプロのコーチの指導を仰ぐのもいいでしょう。僕のように予算をケチって我流の人体実験を繰り返し、そのつど痛い思いするのはおすすめできません。ただ、どんな旅をするにせよ、ある程度の荷物を運び、歩くのが基本です。基礎体力と柔軟性を身に付けておいて損はないでしょう。

ともあれ、いくら頑健でも個人旅行はすべからくセルフサービスですから、転ばぬ先の杖が必要です。その一つが海外旅行保険。医療費が高額な場合に役立つだけではなく、体調を崩したときに適切なアドバイスを受けられるメリットもあるので、僕らは必ず加入しています。掛け捨てではありますが、1週間程度の旅であれば、保険料もそれほど高くありませんしね。また、ファーストエイドパック(救急セット)があると、使わなくても心強いですよ。外国で自分に合った薬を手に入れるのは、なかなか難しいもの。そこで常備薬を小分けにして専用のパックにまとめておくと、万が一のときも安心でしょう。

さて、事前にここまで備えれば、後は思いっきり羽を伸ばして……といきたいところですが、旅の明暗を分けるのは、あくまでも現地に着いてからの行動です。まず大切なのが、無理のないスケジュール。あれこれ詰め込みすぎた結果、疲れてダウン!では元も子もありません。
とりわけ真冬の国から真夏の国へ一気に飛ぶと、体への負担が想像以上に大きくなります。少なくとも現地到着後の24時間は、あまり動き回らず、のんびり環境に適応することを優先してください。

高度差も要注意で、たとえば標高2240メートルに位置するメキシコシティに行くようなケースでは、飛行機を降りて間もなく軽い高山病の症状が出ることがあります。こういうときは僕らもホテルの周りを軽く散歩する程度で体を慣らし、たっぷり睡眠を取って翌日に備えます。ぐっすり寝るといえば、お酒にも注意が必要でしょう。ロングフライトで疲れている上に標高が高いと、普段の半分程度の量でも酔っぱらうことがあります。
また、3000メートル以上の高度差を短期間で登る場合、たとえばマチュピチュを目指して標高10メートルのリマから3399メートルのクスコを経由するようなケースでは、なるべく1日で上がる高度を1500メートル以内に抑えたいところ。いきなり飛行機で高度を上げると、頭痛や吐き気に悩まされる可能性が高まるので無理は禁物です。高山病の予防薬(ダイアモックスなど)も医師の処方箋があれば試す価値ありでしょう。

ペルーのマチュピチュ。この風景を見たときは「よくここまで来た!」と自分を褒めた

クスコの街(ペルー)。インカ帝国の建築物は破壊され、スペイン風の街並みに姿を変えた


もう一つ、見落とされがちなのが、動物との接触によるリスクです。外国では街中の犬や猫だけではなく、サルからコアラなど、さまざま動物に接する機会があります。観光地でおなじみの「抱っこして記念撮影」なら問題ないと思いますが、それ以外の場合はかわいくても絶対に触わらないように。噛まれてしまうと最悪の場合、狂犬病に感染する恐れがあります(狂犬病は犬に限らず、すべての哺乳類がかかる病気)。その他の蚊やダニが媒介する感染症も侮れません。こうした生物がいる場所では肌の露出を避け、禁忌剤を使って可能な限り刺されないようご注意を。

しかし、ここまで徹底しても、100パーセント大丈夫という保証はありません。かくいう僕らも、何度か外国で病院のお世話になったことがあります。そのときに一番大切なのは、とにかく「落ち着くこと」。個人旅行、それもひとり旅で具合が悪くなったら、心細くて不安でしょう。でも大丈夫。それが正常な反応ですから、心配には及びません。そんなときこそ、冷静さが旅人の最強の味方です。次が、「我慢しないこと」。我慢は逆に状況を悪化させるだけ。万事休すまで待つのではなく、動けるうちに手を打つ。これが鉄則です。

その第一手が「保険会社への連絡」。かつては、「電話はどうやって掛けるんだ?」とあたふたしたものですが、今やスマートフォンで国際電話が掛けられますから手っ取り早い。正確かつ簡潔に状況を伝え、アドバイスをもらいます。ニューヨークやパリなどの主要な都市であれば、日本語が通じる病院を紹介してもらえるかもしれません。そうなればひと安心。ホテルでタクシーを呼んでもらい、病院に向かうだけ。もし日本語が通じなくても落ち込まないで下さい。医師と難解な禅問答をするわけではありませんからね。それこそスマホの翻訳アプリを使って、「頭が痛い」「熱がある」「お腹が痛い」など、簡潔に症状を伝えれば、先方も医療のプロ。適切な処置をしてもらえるでしょう。

カッパドキアのゲートウェイとなるカイセリの街。中東のトルコと
はいえ標高が1054メートルのカイセリの冬は厳しい


僕は以前、トルコの田舎町で保険会社に見放され、雪が降り積もる中を自力で英語がほとんど通じない病院に行き、血液検査とレントゲン撮影をされたことがあります。しかし、言葉が通じなくても地球人には変わりありません。「この日本人をどうにかしてやろう!」という人々に助けられ、何とか処方箋をもらうところまでこぎ着け、薬を飲んで回復しました。そうそう、薬局の人も親切でしたよ。帰りがけに声をかけられて振り返ると、彼は素早くパソコンにトルコ語を打ち込み、英語に翻訳したのです。ディスプレイには「You'll get better soon!(すぐ元気になりますからね!) 」と表示されていました。

今では僕もシニアの仲間入り。かつ、ひざや腰の故障で整形外科のロイヤルカスタマーになってしまいました。それでも、これを書いている10日前、東南アジア最高峰、キナバル山(4095m)の登頂に成功しています。もちろん以前のようには動けません。実際、130人くらい登ったクライマーのうち、下山したのは僕が最後でしたしね。でも、自由な旅には、自分の年齢や体のコンディションに合わせた旅を自分で作れるという大きなメリットがあります。旅の中で自分を知り、その結果をまた次の旅に生かす。こうして80歳を超えてもなお、一人で世界を巡るクルージングの旅に出ている女性がととら亭のお客さまにいらっしゃいます。

「今回の旅はいかがでしたか?」
そう聞くと、彼女は決まってこう答えるのですよ。
「そりゃあ楽しかったわよ。で、次はね……」
(つづく)

▶次回のレシピ▶▶▶

61歳で標高4095メートルのキナバル山(マレーシア)に登頂

この連載が始まって、いろいろな方からご意見をいただきました。中でも僕が見落としていたのは、「リスクの過大評価」というハードル。「何かあったらどうしよう!」という不安は、ときにおカネや英会話の問題よりも、旅に出る意欲を削いでしまうかもしれません。そこで次回は、「旅のトラブルシューティング初級編」と題し、よくあるトラブルの実践的な対処方法を紹介します。旅先ではいろいろなことが起こりますが、事前にそのパターンを知り、切り抜け方を頭に入れておけば、たいてい何とかなるものです。肩の力を抜いて、クールにいきましょう!

(写真提供:久保えーじ)

【「旅の食堂ととら亭」ホームページ】http://www.totora.jp/
『世界まるごとギョーザの旅』の詳細はコチラ⇒
*ととら亭の連載
〈ところ変われば料理も変わる!?〉はコチラ⇒
〈柴又で始まる「ととら亭」の第2章〉はコチラ⇒
ページの先頭へもどる
【くぼ・えーじ】
1963年神奈川県横浜市生まれ。ITベンチャー、商業施設の運営会社を経て2010年、妻で旅の相棒であり料理人でもある智子とともに、現地で食べた感動の味を再現した“旅のメニュー”を提供する「旅の食堂ととら亭」を開業。同店の代表取締まられ役兼ホール兼皿洗い。これまで出かけた国は70以上、旅先で出会った料理の再現レシピは140以上にもなる。2010年に東京・中野区野方に「旅の食堂ととら亭」を開店。2022年7月に葛飾区柴又に移転、新店舗をオープンさせる。
新刊案内