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かもめアカデミー
海獣たちが教えてくれる島国の多様性 国立科学博物館研究主幹
田島木綿子
第1回 遠くて近い海獣を知りたい
 「カイジュウ」と聞くとゴジラやガメラを想像するかもしれませんが、今回の主役は海獣。そう、クジラやイルカ、ジュゴンやアザラシといった海に棲む獣たちのこと。人間と同じ哺乳類です。海をより身近に感じる夏、人間の活動が彼らに及ぼす影響も調査・研究している「クジラの先生」こと国立科学博物館の田島木綿子先生にインタビュー。同じ哺乳類でありながら、知らないことだらけの海獣について教えてもらい、彼らと私たちが共存できる未来について探ります。

――日本の近海にはどのような海獣がいるのでしょうか?

田島木綿子先生(撮影:編集部)

 「海獣」についての厳密な定義はありませんが、海に棲む哺乳類の総称と考えていただいてよいでしょう。海の哺乳類はまず、大きく3つに分けられます。クジラやイルカ、シャチなどの「鯨類」、ジュゴンやマナティといった「海牛類」、そしてアシカやオットセイ、アザラシやセイウチなどの「鰭脚類(ききゃくるい)」。それらにラッコとホッキョクグマを加えて海獣類と捉えます。海に依存しなければ生きられない、つまり海から離れたら死んでしまう哺乳類たちです。

 日本周辺には、ホッキョクグマやマナティはいませんが、多くの海獣類たちが棲息しています。その中でも一番多いのがクジラやシャチ、イルカなどの「鯨類」です。現在、世界で90種類ほど確認されている鯨類のうち、その約半分の種類が日本の近海に棲息または回遊しています。日本は黒潮(暖流)と親潮(寒流)など多くの海流に恵まれ四季があり、クジラを含む多くの生き物にとっても過ごしやすい環境にある、いわば「クジラ王国」。国土が広大で太平洋と大西洋に接する海岸線が長いアメリカにはかないませんが、アジアの中では最も多くの種類が集まる海域です。

83種類のクジラが描かれた「世界の鯨」ポスター(提供:国立科学博物館)


――90種類とは驚きです! しかも日本周辺で40種類近くの鯨類が見られるなんて……。

 そうですよね。まだまだ知らない方が多いと思います。一人でも多くの方に彼らにまつわる「当たり前」を伝えていきたい。さらには、クジラやイルカを含む海の哺乳類や周囲環境の現状も知ってもらいたいので、当たり前を知らない方に出会うと「もっと頑張らないと!」と気持ちが引き締まります(笑)。たとえば、クジラは海の食物連鎖のトップにいると思われがちですが、実はヒゲクジラたちは2番目や3番目であることや、彼らが棲む海洋は今どうなっているの? などに関心を持ってもらうきっかけ作りができたらうれしいですね。「この夏休みに海に思いをはせる時間を少し増やしてみよう」と思う人が増えたら、少しずつ現状は変わってくるはずです。

ザトウクジラの骨格標本の前で

 海獣たちは長い進化の過程で、一度は陸に上がったにもかかわらず再び海に戻ったことがわかっています。なぜ海に戻ったのか本当の理由はわかりませんが、生物の進化は、ネガティブ説よりポジティブ説のほうが圧倒的に支持されています。たとえば、キリンの首が長いのは、短いほかの動物たちにエサである草を取られてしまった結果、仕方なくより高い木の草を食べるために伸びた、というよりは、首を長くすればより高い木の葉を食べられるようになるし、競争相手も減るので、首を長くできた個体だけが生き延びたという考え方。海獣たちも海に戻って、多様な進化を遂げた個体だけが生き残り、現在も多彩な哺乳類として繁栄しながら、自由気ままに生きています。

 私たちは同じ地球上にいながら、海のことや海にいる哺乳類ついて、まだまだ知らないことがたくさんあります。これまで宇宙に行った人は500人以上もいるのに、海で最も深いとされるマリアナ海溝に到達したことがある人はわずか3人だけとか。さらに、野生で出会うイルカやクジラがどんな生活をしているのか? は水中にいかないとなかなか見ることはできません。そんな彼らをもっともっと多くの人に知ってもらうらためにも、海の哺乳類の研究者として、博物館人として、日夜調査や研究に勤しんでいます。

――私たちと同じ哺乳類といっても、クジラやイルカは魚みたいに見えます。似ているところがあるのでしょうか?

 哺乳類の一番の特徴は何だと思いますか? 乳を飲んで成長する、哺乳です。海にいる彼らも陸にいる我われ哺乳類と同じように乳を飲み育ちます。乳を吸うために必須なのが頬と唇で、それを構成するのが表情筋です。哺乳するための頬と口唇を構成するのが表情筋本来の役目であり、表情筋は哺乳類しか持っていません。イルカが笑った表情を作れるのも、字の如くこの表情筋の成せる技です。

 一方、魚や両生類、爬虫類、魚に表情筋はありません。愛玩動物として飼育している方から「僕に、私に、ほほえんでくれた!」という声を聞いても、「解剖学的には無理なんだけど、その気持ちはわかる!」となります(笑)。
 クジラやイルカには表情筋や哺乳のほかに首の骨が私たちと同じく7つあり、もちろん肺呼吸もしてます。一見、魚のように見えるかもしれませんが、れっきとした哺乳類なのです。水中生活を営みながら、呼吸のために定期的に海面に浮上し、時化(しけ)の時でも赤ちゃんはお乳を飲みながらお母さん共ども呼吸もする。それはもう大変な印象しかないのですが、それでも哺乳類であり続けている彼らにシンパシーを感じますし、そこが興味深いところなのかもしれません。(つづく)

海獣(海の哺乳類)の仲間たち


クジラやイルカ、シャチなどの「鯨類」、ジュゴンやマナティといった「海牛類」のほかに、水族館で人気のオットセイやアザラシ、セイウチなどの「鰭脚類(ききゃくるい)」、そしてホッキョクグマとラッコを加えて海獣類と捉えられています。

ミナミアフリカオットセイ

ゾウアザラシ

ラッコ


――田島先生から海獣愛あふれる話を聞いているうちに、遠い存在と思っていた海獣たちがグッと近づいてきました。次回はクジラの仲間たちを話題の中心に、もっと彼らのことを教えてもらいます。

(写真提供:田島木綿子、構成:白田敦子)
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【たじま・ゆうこ】
1971年埼玉県生まれ。国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ主幹。筑波大学大学院理工情報生命学術院准教授。博士(獣医学)。日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。同大学院の特定研究員を経てアメリカのMarine mammals centerやテキサス大学で病理学を学ぶ。2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。専門は海棲哺乳類学、比較解剖学、獣医病理学。著書に『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と渓谷社)、『海棲哺乳類大全』(みどり書房)、監訳に『イルカ解剖学』(NTS出版)など。
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