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美しいくらし
フランス小さな村の教会巡り トラベルライター
坂井彰代
最終回 ヴァンス「ロザリオ礼拝堂」(下)

南国風情のある礼拝堂

 マティスは、なぜこの礼拝堂を手がけることになったのでしょうか? そこには、まるで映画のような物語が秘められています。
 礼拝堂建造の計画がもちあがったのは、第二次世界大戦後、間もなくのこと。マティスは、ジャック・マリーと名乗るドミニコ修道会のシスターから、礼拝堂の制作について相談を受けます。このシスター、実は修道会に入る前、療養中だったマティスの看護を引受け、絵のモデルも務めたことのある女性、モニク・ブルジョワだったのです。当時マティスは77歳。健康に対する不安もありましたが、この仕事を「自分が選んだのではなく、賜ったもの」と感じ、4年あまりの年月を費やして1951年に完成させました。マティスが亡くなったのはその3年後。晩年のすべてを注ぎ込んだ集大成ともいえる作品ですから、心して見なくては、と襟を正します。
 内部は写真撮影禁止だったので、ここでは写真をお見せすることができません。ただ、写真ではきっと魅力の半分も伝わらないのでは、とも思います。「地中海の光」とともにある空間だからです。


聖母子像

聖ドミニコと聖母子像

 中に入ると、天井も壁も床も白一色。その脇一面には、ステンドグラスを配した細長い窓が連なり、堂内に光を注いでいます。教会のステンドグラスといえば、一般に聖書や聖人の物語が描かれているものですが、マティスが選んだモチーフは「葉っぱ」。
 さらに祭壇の奥にあるステンドグラスには、南仏でよく見かけるサボテンのモチーフが散りばめられています。晩年のマティスが取り組んだ「切り絵」風のサボテンは、揺れる海藻のようにも見えて、地中海の波音が聞こえてきそうです。使われているのは、ウルトラマリンブルー、グリーン、レモンイエローの3色のみ。なのに、なんて豊かで華やいで見えることでしょう。
 もっと驚いたのは、向かいの壁に目を移したときです。白いタイルの上にあったのは、一転して黒一色の線画で、輪郭だけの聖ドミニコ像、続く一面には花に囲まれた聖母子。いずれも、見る人の想像力を殺さないようにと、目も鼻も口も描かれていません。さらに後方には、キリストが磔刑の場面へと向かう「十字架の道行き」が順を追って描かれています。
 黒一色。なのに、鮮やかなステンドグラスと同じくらい、明るく力に満ちていて、鳥肌が立ちました。私は、「黒」を「色」として見ていなかったのではないかしら。色彩としての「黒」の底知れぬパワーを、そのときマティスは教えてくれました。
 壁面の線画は、「一筆書き」に見えるほどシンプルなものですが、実は何十回も下絵と格闘した末にたどり着いた形だとか。その筆跡のひとつひとつに、マティスの並々ならない覚悟を感じ、そんな魂の作品のすぐそばにいられる幸せをかみしめました。

南仏の日差しを浴びる礼拝堂のテラス

 日が差してくると、ステンドグラスを通した3色の光は聖母子の上にも注ぎ、ほんのりと色づきます。大理石の床に落ちた影は、太陽の角度によって長くなったり短くなったり。日がな一日、見ていたい気持ちになりました。もし宝くじが当たったら、地中海の見える別荘を買って、毎日通ってしまいそうです。

 「陽気さのあふれた教会、訪れる人が幸せな気持ちになれる空間に」と願ったマティス。その言葉どおり、満たされた気持ちで礼拝堂を後にしました。「またきます!」と心のなかでつぶやきながら。(おわり)

(写真:伊藤智郎)

――書籍『フランスの美しい村を歩く』『フランスの花の村を訪ねる』など、パリだけではないフランスの魅力をお伝えしてきた「かもめの本棚」編集部。担当として本を編みながら心引かれてきたのは、村人の息づかいとともにあり、生きた祈りの場でもある教会でした。いつかその魅力をお伝えできれば……との願いがトラベルライター・坂井さんとの出会いで実現した連載。楽しんでいただけましたか? 坂井さんとやりとりを重ね、あらためて知ったのは、フランスにはまだまだ知らない魅力あふれる場所がたくさんあること。そこで、読者の皆さんからいただいた好評の声を追い風に、12月から再び坂井さんの新連載が始まります! どうぞお楽しみに!(編集部)
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【さかい・あきよ】
徳島県生まれ。上智大学文学部卒業。オフィス・ギア主宰。「地球の歩き方」シリーズ(ダイヤモンド社)の『フランス』『パリ&近郊の町』などの取材・執筆・編集を初版時より担当。取材のため年に3~4回、渡仏している。著書に『パリ・カフェ・ストーリー』(東京書籍)、『パリ・メトロ散歩』(同)がある。
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