落語と夏といえば、怪談話ですね。
今年(2024年)の6月にフランス国内を巡る落語ツアーを開催してきましたが、ヨーロッパも日本と同じように暑かったので、怪談話「お菊の皿(別名:番町皿屋敷)」を披露してきました。ちなみにフランス語のタイトルは「Les 10 assiettes d’Okiku (レ・ディー・ザシエット・ドキク)」。お菊さんという女の幽霊が「いちまい、にまい、さんま〜い」と皿を数えるシーンが有名です。
日本では「幽霊」のほかに「お化け」や「妖怪」といったカテゴリーがありますが、フランスには死者(人間)の魂を指す「幽霊=Fantôme(ファントーム)」という言葉しかありません。しかも海外では「幽霊」のことを、希望を実現しないまま死んでしまった人や、責任を果たしきれないままに死んだ人のことを指し、日本ではこの世に未練や恨みがあって成仏できない死者が、因縁のある人の前や場所で現す姿とされています。このように海外と日本では幽霊の意味合いが微妙に違いますが、日本のファントームの話はフランス人に大ウケ! とはいえ、フランス語版落語ではマクラで日本の幽霊を説明しておく必要があります。
――日本の夏は暑くて蒸し暑いです。(ここで日本に行ったことがあるお客さまは頷きます)。
ですから日本では夏に怖い話をすると、背筋がゾクッとして涼しさを感じるという風習があります。(こう説明すると、お客さまに微笑されます。なぜならフランスの夏はカラッとしているため、恐怖につながる感覚があまりないからです)
ところで、日本の幽霊にある特徴があるのをご存じでしょうか? それは足がないことです。この後の話に登場するお菊さんという幽霊にも足がありませんが、手はこんな感じです~。(両手の手先を力なく垂らして不気味に見せる)幽霊に足がない理由にはさまざまな説がありますが、江戸時代に下半身のない「幽霊絵画」が流行り、そうした絵をたくさんの人が鑑賞していたからだと言われています。江戸中期に活躍した名画家・円山応挙(まるやまおうきょ)の幽霊画にも足が描かれていませんし、歌舞伎の世界でも幽霊は「足のないもの」として演じられたため、「幽霊は足がない」というイメージが大衆の間で定着したと考えられています。
私は「お菊の皿」の演目を数年前から演じていますが、当初はうまくいかず悔しい思いをしました。本来なら幽霊が登場する怖いシーンのはずなのに、客席からクスクス笑いが起ってしまうのです。その理由は日本の幽霊特有の仕草(ジェスチュア)にあると気づいてから、マクラで上記の説明を入れるように手直ししました。
ところがこの話、前半の緊張感のある雰囲気からガラッと変化。後半は面白いパロディーになるので、お客さまに大いに笑ってもらえるようにコメディー要素を盛り込みます。
ちなみに、井戸から幽霊が出てくる「お菊の皿」を聞いたフランス人のほとんどのリアクションはこうです。
『待って! これは「リング」の貞子だ!』
そして僕の答えはこうだ。
「違います。お菊さんが先です!!」
落語が映画に影響を与えているのであって、その逆ではありません。(つづく)
(写真提供:Cyril Coppini)
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