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食べるしあわせ
ところ変われば料理も変わる!? 「旅の食堂ととら亭」店主
久保えーじ
第1回 ラーメンとラグマン
 私たちの食卓におなじみのラーメン、とんかつ、ポテトサラダ……。地球をぐるりと見渡してみると、名前は違えども同じような料理があることにお気づきでしょうか? その不思議さに驚きを感じつつ、気になる料理の伝播ルート、すなわちミッシングリンク(失われた環)を追いかけて世界中を旅し、そこで出会った感動の味を再現した“旅のメニュー”を提供しているのが、好評既刊『世界まるごとギョーザの旅』の著者・久保えーじさんと妻で料理人の久保智子さんです。そんな久保さん夫婦の料理をめぐる旅のエピソードを紹介する新連載。まずは、みんな大好きなラーメンのお話から。

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 料理探しの旅は、旅人の口コミから始まることがままあります。
 「えーじさん、ラグマンって知ってますか?」
 中央アジアから東欧にかけて横断的に旅した友人がいうには、ウズベキスタンやキルギスには、ラム肉入りミートソースをかけたパスタのような料理があるそうな。もしかしたら、それは中国の麺とイタリアのパスタを繋ぐミッシングリンク()ではないのか? そこで調べてみると、ラグマンは中国北西部で生まれた手延べ麺の原型だという説があったのです。ラーメンの語源が中国語の拉麺(手延べ麺の意)だとすると、その祖先である可能性も考えられる。こうなったら行って調べるしかない!

ウズベキスタンの市場で売っていたラグマンの麺

 ところが旧ソビエト連邦圏の中央アジアは近くて遠いところでした。成田、タシュケント間は直行便が飛んでおり、フライトタイムも8時間程度。しかし、僕が旅した2016年当時は旧社会主義時代の厄介なレガシーが、そこかしこに待ち構えていたのです。
 最初のハードルは入出国手続き。日本国内でウズベキスタンのビザを取得するのは簡単でしたが、そこから陸路でカザフスタンに入るとなると、情報が錯綜していて、結局、行ってみなければわかりそうもありません。加えてカメラやパソコンなどの高価な携行品は、入国時と出国時に都度申告せねばならず、面倒なことこの上なし。では入国後なら安心かというと、「レギストラーツィア」なる滞在証明書を宿泊先で発行してもらい忘れたら、さぁ大変! 街中での職務質問や出国審査でこれを提示できない場合、もれなく最寄りの警察署へご招待だそうで。

古都サマルカンドの中心にあるレギスタン広場

 こうして不安に包まれての出発となったものの、現地の雰囲気はあっけないくらい穏やか。ハイパーインフレーションの影響で、1枚の100米ドル札が現地通貨スムの札束に化けたこと以外、取り立てて大きなサプライズはなし。
 古都サマルカンドの美しい風景を除いて、もっとも強く印象に残ったのは市井の人々だったかもしれません。とにかく小さな子どもからお年寄りまで、目が合うなり「よぉ、来てたのか!」みたいに接してくるので、最初は人違いをされているな、と思ったくらいです。残念ながら英語はほとんど通じませんでしたが、それでも片言のウズベク語とスマイルで意思疎通はOK。

ローカル食堂の入り口

 さて、意中のラグマンは、たいていどこの飲食店でもメニューにありました。価格も日本円にして200円前後と手ごろで、ある意味、国民食といってもいい位置づけだと思います。とはいえ日本のラーメンのように、意図的に差異化を図って多様化する傾向は見られず、麺の調理方法の違いから、煮た汁そばタイプ、茹でた汁なしのギュロラグマン、炒めたボソラグマンの3種類があるだけです。

 まず食してみたのは最も一般的な汁ソバタイプ。ただ単に「ラグマン」といった場合はこれを差します。見かけはラーメンでもパスタでもなく、エスニックうどんという感じ。たぶん麺の色と太さが、うどんそっくりだからでしょう。実際、食感と味も、うどんに近いものがありました。ところがその印象をがらりと変えたのがスープの香りです。未経験的な新鮮さがありながらも、どこか懐かしい匂いがするではないですか。
 調理担当でもあるワイフのともこと一口すすっては、あれかも? これかも? と首をかしげることしきり。その場ではマジョラムかパープルバジルではないかと思いましたが、後で調べてみると、独特な甘い香りは八角(スターアニス)によるものだとわかりました。八角といえば中華料理の東坡肉(トンポーロー)を連想しますが、すぐそれと気づかなかったのは、トマトを加えたラムのスープに入っていたせいかもしれません。この組み合わせは斬新です。

汁ソバ「ラグマン」


 続いてスープのない、具だけのギュロラグマン。パスタに近いのではと期待していたのですが、残念ながらボロネーゼのようなものではなく、名古屋の「あんかけスパゲティ」に近いといえば当たらずとも遠からず。茹でた麺に、ゆるくとろみのあるラグマンの汁がかかって出てきます。ですから見かけはともかく、味的には汁ソバタイプとほぼ同じ。ちなみに、このソースをご飯にかけるとガンファンと呼ばれる中央アジアのぶっかけ飯になります。

汁なしの「ギュロラグマン」

ギュロラグマンのライス版「ガンファン」


 最後のボソラグマンは、焼うどんのように炒めたもの。先の2つに特徴的な八角の香りがなく、肉や野菜と一緒に麺を炒めたところは見かけも味も、まさしく醤油をかけない焼うどんそのものでした。

焼うどんタイプの「ボソラグマン」


 いずれも手延べ麺の系譜上ではラーメンの祖先にあたる料理だと思われますが、食べ比べた限りでは、伝播と進化の過程で、両者は大きく異なる方向へ進んだといえるでしょう。しかし、これは僕にとって意外な結果ではありませんでした。なぜなら今から40年ほど前、僕は生まれ育った横浜で、ラーメンの「革命」を経験していたからです。
 家系ラーメンの元祖といえば「吉村家」。JR新杉田駅にほど近い本店を訪れたときの衝撃は、今でも鮮やかに覚えています。あれはそれまでのあっさりした中華そばタイプに比べて、太い麺といい、こってり濁ったスープといい、全くの別物でしたからね。ところ変われば、そして時が移れば料理は変わる。日本のラーメンもまた、中国から見たら、今や全くの新種なのかもしれません。(つづく)

※ミッシングリンク:元来は生物の進化過程で連続性が途切れた部分をいう。ここでは個別の料理の流れをつなぐ可能性の意。

【「旅の食堂ととら亭」のホームページアドレス】
http://www.totora.jp/

定価1,980円(税込)

好評販売中!
『世界まるごとギョーザの旅』



 これまで50以上もの世界の国々を旅してきた久保さん夫婦が営む『旅の食堂ととら亭』は、2人が旅先で出会った感動の味を再現した“旅のメニュー”を提供するお店。元会社員のえーじさんが広報&フロア担当で、料理人の妻・智子さんが調理を担当。そんな彼らが追いかけ続けているのが、世界のギョーザだ。トルコのマントゥ、アゼルバイジャンのギューザ……国が変われば名前や具材、包み方も変わる! 個性豊かな世界のギョーザをめぐる旅と食のエッセイ。

◎『世界まるごとギョーザの旅』の詳細はコチラ⇒

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【くぼ・えーじ】
1963年神奈川県横浜市生まれ。ITベンチャー、商業施設の運営会社を経て2010年、妻で旅の相棒であり料理人でもある智子(ともこ)とともに、現地で食べた感動の味を再現した“旅のメニュー”を提供する「旅の食堂ととら亭」を開業。同店の代表取締まられ役兼ホール兼皿洗い。これまで出かけた国は70以上、旅先で出会った料理の再現レシピは140以上にもなる。開店11年目の2021年11月、新たな街へと旅立つために東京・中野区野方の店を閉店。2022年夏に予定している葛飾・柴又の新店舗オープンに向けて格闘中の毎日を送っている。
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