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美しいくらし
ジョージア旅暮らし日記 モデル・定住旅行家
ERIKO
最終回 ジョージアの古都・ムツヘタ
 「ERIKOさん、ジョージア人の心の故郷を知るにはムツヘタへ行くべきですよ」
 トビリシの街の案内やジョージアの滞在を現地でサポートしてくれている旅行会社HISのジョージア支店で働くケイティさんの勧めで、ムツヘタという街へワンデイトリップをすることになった。
 ムツヘタは日本で活躍する力士、栃ノ心関の故郷でもあり、5世紀までジョージア東部に存在したイベリア王国の首都でもあった。日本でいうと京都や奈良に値するような古都だ。首都がトビリシに移ってからも、文化や宗教の中心的役割を果たしてきた重要な街である。
 ムツヘタは首都トビリシの近郊、北西に約20キロメートル行ったところにある。ムツヘタのようにトビリシを拠点にして1日で訪れることのできる街はほかにもあり、ゴリの洞窟都市ウプリスツィヘ、ムキンヴァリ山(ロシア語でカズベキ山)が一望できるカズベキなどがそうである。


 ケイティさんとムツヘタを訪問したのは、トビリシでの滞在が始まって1週間が経った8月末ごろだった。彼女が手配してくれたドライバーさんの運転で約1時間、ロシアへと続くジョージア軍道を走る。強い日差しの下で生い茂った濃緑の木々を横目に、乾燥した黄土色の山肌を遠望する。ムツヘタの街に到着する手前では、赤い屋根の南オセチア難民たちの住宅地が見えた。
 ムツヘタでどんなものに出会えるだろう。車窓を眺めながら期待が高まる。今回の訪問もそうであるが、事前の予備知識はほとんど入れていない。詳しい情報を先に知ってしまうと、感動が阻害されてしまう気がするからだ。実在そのものと触れ合い、感動がなければ、自分の中にその経験が根づいていくことは少ないと私は思っている。

スヴェティツホヴェリ大聖堂

 ムツヘタには、「ムツヘタの歴史的建造物群」としてユネスコの世界遺産に登録されている建造物が3つある。スヴェティツホヴェリ大聖堂、ジュヴァリ修道院、サムタヴロ教会・修道院である。今回は前者2カ所を見て回ることになった。
 車を降りてまずケイティさんと向かったのは、ジョージア最古のスヴェティツホヴェリ大聖堂。何度聞き返しても正しく発音するのが難しいこの大聖堂は、ジョージアで2番目に大きな教会である。2016年にはローマ教皇フランシスコもここを訪れ、世界的に知られるきっかけともなった。4世紀に当時の国王だったミリアンがキリスト教に改宗した際、グルジア正教の総主教座が置かれた場所で、ここはまさにジョージア人の信仰のふるさとともいえる。

スヴェティツホヴェリ大聖堂

 大聖堂へと続く道の両脇には土産物店が立ち並んでいて、それを眺めながら歩く外国人観光客に混じって、ジョージア人とみられる参拝者も多く見かける。
 大聖堂は厚い塀に囲まれて外側からは全貌が見えない。塀の一部分がトンネルのようにくり抜かれた暗い入り口に立つと、雲一つない陽光の下に照らされ、見る者の意識を開眼させる石づくりの荘厳な大聖堂の姿があった。
 ケイティさんの説明によると、このスヴェティツホヴェリ大聖堂はジョージア語で「生きた柱」という意味があるそう。それは、こんな伝説にちなんでいるという。

 ――昔、シドニアという女性がいました。彼女がムツヘタ出身のユダヤ人エリアスからキリストが身につけていた衣服をもらったとき、その喜びと神聖な力のあまり気を失って、そのまま息を引き取ってしまいました。人びとは彼女の棺にキリストの聖骸布を入れて一緒に埋葬すると、そこから1本の木が生えてきたのです。聖ニノがこの木を使って教会を建てようとしましたが、最後の1本がどうしても立ちませんでした。しかしニノがお祈りを続けると、その木は立ち上がり教会の台座を支える土台になったのです。この柱からは聖油が流れ出て、民衆の病を治しました。

 「今でも大聖堂の前では聖油が売られているんですよ」とケイティさんが入り口付近を指差しながら教えてくれた。
 4世紀初期に建てられたときは木造だったそうだが、11世紀に建築家アルスキスゼによって現在の石づくりに建て替えられたのだという。大聖堂の外壁は4方面がそれぞれ違ったデザインであつらえられていて、外観だけでも見応えが十分ある。

スヴェティツホヴェリ大聖堂の内部

スヴェティツホヴェリ大聖堂の内部


 入り口で立ち止まったケイティさんは、鞄からエプロンのような腰巻きとスカーフを取り出し、腰回りと髪の毛を覆った。ジョージアではどの教会へ入るときも、女性は髪の毛をスカーフで覆わなければならないが、さらに大きな教会などでは下半身を隠すための腰巻きも必要なのだと知った。教会の入り口には観光客用に頭を覆うためのスカーフが準備されていることも多く、私は貸し出し用の腰巻きとスカーフで体を覆った。
 この頭を覆う慣習は、聖パウロが「コリント人への第一の手紙」の第11章の中で、「祈をしたり預言をしたりする時、かしらにおおいをかけない女は、そのかしらをはずかしめる者である」という記述に起源があるそうだ。

 ジョージアはアルメニアに次いで世界で2番目にキリスト教を国教にした、1600年以上もの歴史を持つ正教徒の国。若者の教会離れは進んでいるものの、多くの国民は篤い信仰心を持っていてこのような習慣も守られている。(つづく)

(写真:ERIKO)

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【エリコ】
鳥取県米子市生まれ。世界のさまざまな地域で現地の人びとの家庭に入り、生活を共にし、その暮らしや生き方を伝えている。ラテンアメリカ全般(25カ国)、ネパール、フィンランド、サハ共和国、イラン、スペイン、パラオ、カルムイク共和国など約50カ国にて106家族との暮らしを体験。とっとりふるさと大使。米子市観光大使。著書に『ジョージア旅暮らし20景』(東海教育研究所)、『暮らす旅びと』(かまくら春秋社)、『せかいのトイレ』(JMAM)、『世界の家 世界の暮らし①~③』(汐文社)など。NEPOEHT所属(モデル)※写真:KATUMI ITO
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