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美しいくらし
落語と日本酒の粋な関係 落語家
三遊亭遊かり
最終回 帰ってきて、酔っ払い
 大の日本酒好きとしても知られる落語家の三遊亭遊かりさんに、落語と日本酒にまつわるあれこれを聞くインタビューも最終回。遊かりさんが思い描く落語に出てくる酔っ払いの「これから」とは?

――落語に出てくる酔っ払いといえば熊さんや八っつぁん。さすがに長屋のおかみさんが酔っ払う話はないようです。

 そうですね。江戸時代の元禄期にさかのぼるとされる落語は、多くの演目の時代背景が、「お酒は男の人が飲むもので、つまみは女の人がつくるもの」という価値観でしたから、基本的に女の酔っ払いは出てきません。

遊かりさんの高座(写真提供:三遊亭遊かり)

 でも、もうそろそろ女性の酔っ払いが出てきてもいいと思うんですよ。それも、いわゆる昭和の「男に振られてやけ酒」とかいうのではなくて。今はもう女の人だっておいしいお酒を知っているし、ひとりで飲む時間を楽しんだり、行きつけの店もある時代ですから。

 私は『親子酒』という演目をアレンジして高座にかけたことがあります。『親子酒』は古典落語のひとつで、お酒が大好きな父親と息子の話。それを、母親と娘と孫娘という3世代の女性の話にしたのです。「お母さん、今日はいつもよりきれいね。お母さん、きれいねぇ、本当にきれいよ……こんなに褒めたんだからもう一杯ついでちょうだい」なんて話があってもいい時代になってきたのではないでしょうか。

 日本酒は飲むのも語るのも好きで、お酒にまつわる演目では、この『親子酒』や第1回で紹介した『替わり目』が好みです。ですが古典落語の場合、噺家として憧れる演目と、実際に私が高座にかけて似合う演目とは、必ずしも同じではないと思うのです。私自身が女性なので、立ち小便やお女郎さんを口説いたりする場面が出てくると、やはりちょっと難しいですよね。だから古典のアレンジもそうですが、今、特に力を入れている新作では、女の人がお酒を飲んで酔っ払っていくさまを明るく笑って受け入れられるような噺をつくっていけたらいいと思っています。男だとか女だとかに関係なく、人として笑ってもらえるところまで仕上げられたら格好いいですよね(笑)。

――遊かりさんは女性ばかりが出てきてその会話で話が進んでいくといった新作落語にも挑んでいます。登場人物のキャラクターのイメージは?

 令和の時代になっても、基本的に女の人はよそに出かけるときはキリッときれいにして、シャンッとするイメージがありますよね。会社に行くのでもさすがにスッピンは難しいでしょう。どんなに時代が変わっても、全く飾らない、ありのままの女性が人前に出てくるのはなかなか難しいと思いますが、そろそろ新作の中で、女性の本音や欲をもっと表現してもいいと思うのです。奥さんとかお母さんとか「誰かに対する役割を背負う女性」ではなく、ひとりの人間としての、普通の女の人の本性がほんのり出てくるようなものであればいいですよね。

 そんな夢や思いは広がるばかりですが、まだまだ課題ばかり。落語には「高座百遍」なんて言葉もありまして、稽古100回よりお客さんを前に1回高座に上がるほうがためになるというわけですが、これが毎回毎回、勉強の連続です。ついこの間も師匠の遊雀から言われたのは、「高座に何度もかけることで話が動き、変わっていくのだから、お客さんに合わせてやりなさい」ということ。高座に上がってお客さんに笑ってもらえないと、ものすごく焦ります。でもそこを冷静に見極めて、登場人物のセリフの言い回しを変えるというようなことだけではなく、間の取り方やスピード感、力点の置き方などをどうしていくのかを考えながら話しなさい、というわけなんです。これがわかっていてもなかなか……。
 
――酔っ払いは演じても、とても酔えない厳しさですね。そうした壁のようなものを乗りこえるためにも日本酒好きは力を発揮するのでは?

 どうでしょうか(笑)。でも、うちの師匠の教えを聞いて思い出したのは、日本酒販売の仕事をしていたときのこと。販売は面白い商売で、出せば売れるような銘柄はともかく、おいしくても名前が通っていない酒を売るときは、買っていただくためにどのような方にどんな場面で飲んでいただくか、そのシチュエーションを一生懸命に考えます。私が現場にいたころは生酒や味がくっきりした日本酒が好まれる傾向があり、昔ながらのさっぱりした味のお酒は、売り場で試飲してもらっただけでは、お客さんにあまりピンとこない様子でなかなか買っていただけない。そういうときは、どのような料理と合わせたらおいしいのか、毎日の晩酌にちょこちょこっと飲むのにいいとか、洋食に合わせても楽しめますよ、などと提案すると、そのお酒を飲む場面をイメージしてもらえます。それをお客さんにいかに伝えるか、いつもスリリングでした。

 ところが、噺家になってからは扱う商品が自分自身になっちゃいました。私が『親子酒』や『替わり目』などを高座でかければ、それも丸ごと商品ですから、日本酒の販売をしていたときより責任が大きくて、気に入っていただけないと心が折れちゃうかと思うこともありますよ(笑)。
 「芸人に上手も下手もなかりけり、行く先々の水に合わねば」といいますが、どこへ行っても誰を前にしても、その日のお客さんが喜んでくださることを一番に考え、そのための引き出しをたくさん用意する。そのためにいつもまっさらな気持ちで取り組むことが、大事だと思います。いつか「今日は遊かりの独演会に行ったけれど、最高だったね。何をやったかって? 忘れちゃったぁ」なんて言われる落語家になれたら最高ですね。

――コロナ禍で自粛生活が長引いたり災害が頻発したり、酔っ払いに逆風が吹いているようです。これから落語で描かれる酔っ払い像も変わっていくのでしょうか?

 いや、酔っ払いは酔っ払いでしょ(笑)。古今東西、老若男女、酔っ払いは酔っ払いで愛すべきものだ、と言っていられるのが、いい時代なのではないでしょうか。昔から、
アルコール度数の高い酒がはやるのはその国の政治が悪いからなんていわれてきました。イギリスではジン、キューバでラムがものすごく売れた時代は、不況で政情も不安定だったといいますから、そういう強い酒に比べると、度数の低い日本酒がいつまでも愛されることを願うばかりですね。
 ひとりで飲むのもいいけれど、やっぱり人と話しながら飲むお酒は楽しい。落語に出てくるような酔っ払いたちに早く帰ってきてほしいですね。(おわり)

――最後に、「ひとり飲みで、この辺でやめておこうと思うと大人になったなと感じませんか?」と笑った遊かりさん。ごもっとも……肝に命じます! お酒を通して育み楽しむ人間模様が懐かしい今日このごろ。落語に出てくる一癖も二癖もある酔っ払いたちは、身近な人情の温かさをあらためて思い出させてくれそうです。その日が来るまで、落語に耳を傾けて愛すべき酔っ払いたちと盃を傾けてみませんか?

(構成:白田敦子)

【遊かりさんの公演のご案内】
「三遊亭遊かり独演会vol.8」


日時:2021年9月26日(日)
時間:13:30開場 14:00開演
会場:江戸東京博物館 小ホール

   (東京都墨田区横網1-4-1)
※JR総武線両国駅西口徒歩3分、
都営地下鉄大江戸線両国駅A4出口徒歩1分

【全席指定】前売2500円、当日2800円

【ゲスト】笑福亭羽光

【ご予約・お問い合わせ】
yukaris824565@gmail.com
050-3746-1144(留守電対応)

【三遊亭遊かり公式ホームページ】https://sites.google.com/view/yukari-sanyuutei
【ブログ「遊かりの花咲くころ」】https://ameblo.jp/yuukarisanyutei824565/
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【さんゆうてい・ゆうかり】
玉川大学文学部芸術学科演劇専攻中退後、社会人としてさまざまな職場で働く。日本酒バー、日本酒の問屋などで足かけ10年勤務した後、2011年に落語に出あい、12年6月、三遊亭遊雀に入門。16年7月下席より二ツ目に昇進。21年9月「第32回北とぴあ若手落語家競演会 奨励賞」受賞。出囃子は「私の青空」。趣味は日本酒(飲むのも語るのも)、カラオケ、歌舞伎鑑賞、水泳、読書。
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