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美しいくらし
廃墟から「未来」が見える 「J-heritage」代表・産業遺産コーディネーター
前畑洋平
最終回 あなたを変える廃墟への旅
 産業遺産の保存活動や、廃墟を愛するファンのためのツアー企画などに取り組んでいる前畑洋平さんへのインタビューも最終回。初心者にもおすすめの廃墟ツアーも紹介してもらいます。

“廃墟の王”と称される軍艦島(長崎県端島)。近くに寄ると今なお生活の痕跡が見つかる


――この連載で廃墟に関心を持ち始めた読者に向けて、廃墟の愛で方や廃墟めぐりのマナーを教えてください。

 最初は「法律に触れない程度にしましょう」というくらいを入り口にすればよいと思います。体験して「面白い」と思ったらもうハマっています! その熱い想いが胸にあれば、廃墟の持ち主を調べて見学の許可を取ったり、地域の人と仲良くなって一緒に中に入れてもらえるようになるかもしれません。そうしたノウハウを得た人たちが増えたら心強いですよ。廃墟の保存や記録を手がける僕らのようなNPOはまだほかにないので、一緒に頑張りましょう!

 僕らの役割は、続く若い人たちが廃墟でさまざまなことに取り組める環境をつくること。廃墟を愛でる旅人と所有者が接続されていなかったころは壊されるのをただ傍観するしかなかったけれど、両者をつなぐシステムのようなものができれば、壊すのか残すのかの選択肢が増えます。残すにしても、廃墟のまま経年の変化を愛でるのか、補修して商業施設として活用するのか? 次の世代の人たちとも一緒に考えていけたらいいと思います。

湊川隧道(兵庫県)は1901年に日本初の河川トンネルとして完成した。全長600メートル。100年にわたる役割を終えた今でも一般公開時にはミニコンサートが開かれるなど市民に親しまれている


――ビギナーが廃墟ツアーに参加したい場合、前畑さんオススメのコースは?

 よく案内するのは、神戸にある湊川隧道です。現在の神戸は三宮が中心だと思われがちですが、もともとは隣接する西側の兵庫区が中心。湊川隧道は、その地下を通る日本初の近代河川トンネルです。現在は新湊川トンネルが完成したことで河川トンネルとしての役割を終えましたが、100年以上前の高度な土木技術の粋を集めた産業遺産です。

 急峻な六甲山系から海へと流れ込む湊川は、大雨が降ると下流の町がたびたび浸水し、上流から押し流された土砂で川底が上がるので、堤防の高さが6メートルにも及んだ天井川でした。堤防はまるでベルリンの壁のように町同士を分断し、19世紀末の大規模な水害で改修は待ったなしとなりました。そのとき立ち上がった実業家らが発起人となって湊川改修株式会社が設立され、川の流れを西流に転じる大工事でできたのが湊川隧道です。

――「隧道(ずいどう)」という響きに文明開化を担った人々の槌音やロマンを感じますね。見たいです!

前畑さんらが案内する湊川隧道を巡るツアー。地元の商店街を歩き、店主らに話も聞く

 ちょっと待ってください(笑)。僕らが案内するツアーは皆さんが見たがるメインディッシュだけではないんですよ。湊川隧道をめぐる旅は、メインディッシュの隧道だけを見たのでは記憶や時間の流れがつながりません。隧道ができたことで地上に開けた新開地の商店街で食べ歩きしながら、「昔はここに映画館があってにぎわっていた」とか「今、歩いてきたところが実は……」と聞けば、地域の栄枯盛衰の歴史や先人たちの息づかいみたいなものを一気に感じることができるでしょう。点ではなくて面で見る。そうした体験をすると、全国にある産業遺産や廃墟の見方が変わると思いますよ。

――見方が変われば、歴史や記憶、先人から託されたさまざまなものに対する考え方もガラリと変わりそうです。

 そうですね。僕が産業遺産にかかわる中でいちばん大切にしているのは、地域の人たちと協力して貢献すること。多様な視点で古い建物や構造物を見ることができたら、地域活性化の考え方もこれまでとは変わるでしょう。
さらに、地域の宝物を探し、見るまなざしを育てることも大事ですから、地域の遺産を案内するガイドを育成することも必要です。

 現場を案内するガイドさんも地域に根ざした人たちが望ましいですね。鉱山だと何年に閉山したとか、廃線ならたった何年しか使われませんでしたなど、おうおうにして活躍していた時代のことは忘れられてしまう。だから、廃墟が生き生きと活躍していた当時のことを知っている人をガイドに立てて話してもらうのがいちばんいいと思います。地域で負の遺産とされているものの場合、積極的に口にしてくれる人は少ないですが、一度、口火を切ってくれれば、あとは蛇口から水が流れるように、さまざまな人から封じ込められていた歴史がほとばしってくるものです。

――ありがとうございます! 廃墟を愛する前畑さんのこれからの夢は?

“廃墟の女王”ことマヤカンの「額縁の間」

 世界的なコロナ禍の中、マヤカンの人気はドイツの新聞でも報道されました。インバウンドが復活したときには、日本の廃墟や産業遺産は観光資源として大きな役割を果たすと思います。 
 マヤカンについて、僕には密かな夢があるんです。それは、建築当初の姿に戻し、廃墟になるまでじっくり熟成して堪能すること。現在のマヤカンは崩壊が進み、廃墟として美しかった状態は経過しています。すでに十分に廃墟の状態を楽しんだのだから、未来の廃墟マニアや旅人として歴史や記憶のバトンを受け取る人のために、お金を集めて竣工時の状態に復活させたい。そして、使わずに半世紀かけて熟成させる。そんな残し方はこれまでにないから、面白いと思いませんか? いや、ダメって言われるかなあ(笑)。(おわり)

――マヤカンを新築から廃墟まで熟成させて愛でる。前畑さんの話はやはり最後までディープなマニア感を醸し出していました。でも、廃墟や産業遺産は、私たちに今までとはちょっと違うものの見方や考え方を教えてくれる……それは、多様な課題を抱える未来へのヒントになるように感じます。

(写真:前畑温子、構成:白田敦子)

【産業遺産の価値と魅力を発信するNPO法人「J-heritage」】https://www.j-heritage.org/
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【まえはた・ようへい】
1978年生京都府生まれ。兵庫県神戸市在住。産業遺産の価値と魅力を発信するNPO法人「J-heritage」総理事として全国の産業遺産の見学ツアーや遺産を活用した地域活性プロジェクトの企画運営などを手がけている。兵庫県ヘリテージマネージャー(第14期)、兵庫県地域再生アドバイザー、地域力創造アドバイザー(総務省)、地域活性化伝道師(内閣府)、湊川隧道保存友の会幹事などを務める。
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