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美しいくらし
ひとり出版者の仕事 暮ラシカルデザイン編集室
沼尻亙司
最終回 ちょうどいい仕事のスケール
 先日、編集室(兼住まい)の引っ越しをした。
 行き先は、太平洋側の港町・勝浦市から、海原の向こうに伊豆諸島を望む、房総南端の街・館山市へ。

 昨秋、房総半島を吹き荒れた台風。
 家の建物には大きな被害はなく安堵していたのだが、実は後々、崖地等の理由から住み続けるのが困難であることが分かり、移転しなければならなくなった。クリスマス頃から始まったこの展開が急なものであったから、当初はかなり動揺したが、これまで取材でお世話になった方たちが相談に乗ってくれたり励ましてくれたりと、ずいぶん精神的に助けられ、改めて人のご縁の有り難さが身に沁みた数カ月となった。おかげでようやく館山に落ち着くこととなった。

2014年、勝浦市の静かな里山に建つ古民家を編集室に

 これまで住んでいた勝浦の編集室は築100年ほどといわれる平屋の古民家で、ゆうに7部屋はある、広すぎるくらいの物件だった。今度の館山は、ごくごく普通のアパート。経済的状況を考えると、広い物件を借りるのにはかなり躊躇いがあったので、2Kの物件にすることにした。
 ここで最も不安だったのが本の「在庫」の置き場である。これまで9冊のリトルプレスを出版し、おかげさまで1巻と2巻は完売したものの、そのほかの号は当然在庫というものがあるからだ。以前、千葉県に特化した月刊の情報誌を作る会社に勤めていた。そこでは印刷所から社屋へ直接納品分が送られてくる「月イチイベント」みたいなのがあり、スタッフ総出で搬入作業にあたった(なお、直接納品分以外はコンビニや書店に送られる)。搬入が終わると、社内の壁面を覆うばかりに積み上がった最新刊の「山」が出来上がっていたものだった。

 ……と、在庫というとそんな膨大な量というイメージが刷り込まれていたので、戦々恐々としていたのだが、いざ新編集室に運び込んでみると、意外にもすべて押入れにぴったりと納まってしまった。その佇まいを見て、ふと「仕事のスケール」について思った。このくらいがちょうどいい、今の身の丈に合っているな、と。

古民家の仕事空間

 この連載の第1回では、赤裸々に発行部数などのデータを公開しているが、生業とした出版活動にしては実に微々たる数字だと思う。初版のほとんどは1500部で、一番最初に『房総カフェ』を出してからの5年で作った本は計9冊。書店やネットショップでよく見かける、取次を通したいわゆる一般流通の本ならば、おそらく初版2~5千部くらい。もちろんベストセラーになれば、その総部数の桁が変わるが、従業員を多数抱えるような出版社が5年で9冊しか世に送り出せないとなれば、経営的に頭を抱えてしまうだろう。
 だが、私の本づくりという生業がこのくらいのスケール感だったからこそ、今回のような不測の事態でも、ポンと身軽に移動できたのではないか。そう改めて気がつかされ、なんだか妙に腑に落ちた感じがしたのだ。

「拡大よりも、継続したい」

 今回の引っ越しは、その確認作業だったように思う。

 そして、愛車の軽自動車で勝浦・館山間を数回往復しながら移転作業を進めた中で、部数や出版点数といった「量」のスケールだけでなく、活動フィールドという「広さ」のスケールを意識させられた。

古民家編集室時代に制作したリトルプレス

 編集室の本のコンテンツはすべて千葉県内のもの。当然取材活動も県内である。販売・営業面を見ても、売上部数は千葉県内での販売数が圧倒的に多い。連載3回で触れた通り、取材させていただいたお店の方々が、想いと一緒に本を読者に届けてくれることが、販売数にも反映されるのだ。

 県内ならばどこでも日帰り圏内で、取材に、営業に、配達に、そしてイベント出店にも回れる。取材前に本の配達をして、取材帰りに下見がてら気になるお店に行ってみる。そんなフレキシブルなワークスタイルが可能だ。「千葉」という「広さ」は私にとって、本当にちょうどいい。

 そして何よりも、本づくりを通じて築かれていった「千葉の人」との繋がりこそが、最大の財産。さまざまな方たちとのかけがえのない関わりがあるからこそ、千葉県というフィールドで活動し続けたいと思うし、千葉県内ならどこでも仕事ができる、そう思える自信になっている。

 船橋市で育ち、木更津市で情報誌の編集に携わり、勝浦市で独立し現在の本づくりを始め、そして館山市へ。私自身の変化、環境の変化とともに、房総半島を少しずつ南下し、その度に千葉というフィールド、そこに暮らす人たちの多様性に魅了され、心躍らしてきた。次はどんな出逢いがあるだろう。これからも、一期一会かもしれないその瞬間瞬間を大事に

「房総の名刺となる本」

を作り続けたいと思う(おわり)。

太平洋にダイブするようで大好きだった勝浦の串浜大橋。
今春から、拠点はこの道のむこうへ



――2019年1月にスタートした沼尻さんの連載「ひとり出版者の仕事」が、今回で最終回となりました。千葉の豊かな自然、そこに暮らす人々、大切に受け継がれた文化に刺激を受けながら本づくりに励む沼尻さん。エリアを限定したブレないワークスタイルは、編集者という職業の域を超えて、沼尻さんの生き方そのものでした。千葉の人やモノが織り成す魅力は、今後もさまざまな工夫を凝らした本によって丁寧に伝えられていくことでしょう。
またいつの日か、ご登場いただけることを願って。南房総・館山市で新たなスタートを切る「ひとり出版者の仕事」に引き続き注目していきます!(編集部)



沼尻亙司さんの公式サイト「暮ラシカルデザイン編集室」
https://classicaldesign.jimdo.com/
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【ぬまじり・こうじ】
1981年千葉県生まれ。千葉県全域のタウン情報誌『月刊ぐるっと千葉』編集室に在籍した後、2014年に千葉・勝浦の古民家を拠点にした「暮ラシカルデザイン編集室」を開設。「房総の名刺のような存在感としての本」を目指して、取材・制作・編集などの本づくりから営業までを行う。これまでに、人・地域にフォーカスした『房総カフェ』『房総のパン』『房総コーヒー』『房総落花生』『BOSO DAILY TOURISM 房総日常観光』などのリトルプレスを発行。
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