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かもめアカデミー
古着でひもとく日本リサイクル史 尚絅学院大学総合人間科学系教授
玉田真紀
最終回 「あるものを生かす」という豊かさ
 高度経済成長期を境に大きく変わった日本の衣生活。循環型社会を目指す今、服と私たちの関係を見直す必要性が求められています。アパレル業界での資源循環に向けた取り組みは、今どのような状況にあるのでしょうか? 日本の古着文化をたどるインタビュー最終回では、これからの服や物との付き合い方について聞きます。

多くの課題を抱えるアパレル産業の今
 現代では、再生繊維の開発や、廃棄物に付加価値を付けて新たな製品へと生まれ変わらせるアップサイクル、アパレルメーカーの修繕サービス、古着ショップを通じたリユースなど、さまざまな試みが続けられています。それでもまだまだ課題は多く、ひと筋縄ではいかないのが現状です。繊維のリサイクルには、技術的なハードルのほかコストや環境負荷などの課題もありますし、大量消費による古着分別・加工現場の人手不足といった労働の課題もあります。これはほんの一例で、大量生産を基本とする製造・流通構造において、資源循環の仕組みを作ることがいかに難しいかを痛感します。

回収古着が山積みになる故繊維業者の工場(宮城県)。この後、中古衣料として海外輸出
するもの、工業用品や資材として利用するものなどに分別され、用途別に加工される


その服はどこでどんな風に作られているのか?
 そうした現状で何をどうすることが大切なのでしょうか。当たり前のようですが、やはり「大事に使うこと」に尽きると思います。一つの物を長く使い、リサイクルに回す量をそもそも増やさないということですね。
 物を大事にできなくなっている理由の一つには、大量生産によって作り手と使い手が分断されてしまっていることもあるように感じます。物が完成するまでに、作り手がどのように材料を得て、どれくらいの時間をかけて、どういった試行錯誤をして、どんな気持ちを込めているか。そういったことを知るのは非常に大切で、私が学生たちにもっとも伝えたいと考えている点です。

 大学の授業では、何百年、何千年にもわたる糸や布の歴史に触れることもあれば、「今、自分の着ている服がどんなふうに作られているのか」という視点をテーマにすることもあります。私たちが日ごろ身につける衣類ができるまでには、原料の栽培・調達から始まり、紡績、染色、織布、縫製など数多くの工程があり、機械製造も含まれるとはいえ、相当な時間と手間がかかっています。普段こうしたことを意識しにくいのは、衣服の自給率が非常に低くなっている日本の現状も関係しているかもしれません。原料までさかのぼって見ていくと、現在国内で流通する衣料品のほぼ100%に海外からの輸入過程が欠かせないのです。

これからを考えるための“価格ではない物差し”
 もう一つ大切なのは、「物の価値に気づくこと」。価値というのは、「高い、安い」といった価格の問題ではありません。

大学主催のSDGsイベントに出店した「服としあわせシェアxChange」の様子

出品アイテムに付けたエピソードタグで、物に込めた“気持ち”も届ける

 今年6月に当大学主催の「SDGsマルシェ」というイベントを開催した際、私のゼミでは「服としあわせシェアxChange 」と題したワークショップを行いました。古着や雑貨にプライスタグならぬ“エピソードタグ”を付けて展示し、気に入ってくれた方に無料で譲るという活動です。これは全国ネットで行われている「xChange(エクスチェンジ)」というプロジェクトに倣ったもの。本来は参加者同士で物々交換するのですが、今回は学生が大学内で集めたアイテムを来場者に譲る形式で実施しました。
 エピソードタグには、服にまつわる思い出や、おすすめの着こなし方など、次にこの服を着る誰かに向けたメッセージを書き込みます。タグ作りは「目の前にある物にどういった価値があるのか、それを人にどう伝えるのか」を考えることにつながります。イベントではたくさんの来場者の方が「これ、すごく欲しかった」「こんなものが着たかった」と喜んでくれました。学生たちも「いらないと思った物が、ほかの人にはこんなふうに喜んでもらえるんだ」と、それまで自分の中にはなかった価値観に出会う体験ができたようです。

裂織(さきおり)の帯。昭和40年ごろ宮城県の家庭で作られたもの

 授業の一環として、第1回で紹介した裂織(さきおり)の体験をすることもあるんです。学生たちからはいろいろな反応がありました。「布ってこうして作るんだ」と驚いたり、ほかの人が作ったものを見て「こんな表現もできるんだ」と発見したり。ものづくりの苦労や面白さにふれると、物への愛着も変わってくるんですよね。“価格ではない物差し”に気づくことができるのです。日本のものづくりの伝統を知ることで、日本そのものへの愛着も各段に違ってくると思います。

 「物を作らないデザインがあってもいい」。これは、学生時代の私の心にもっとも深く刺さった恩師の言葉です。新しいものを作るだけではなくて、「あるものをどう生かすか、どう使うか」という仕組みをデザインすることも、デザインの一つの形だという意味です。
 土地の風土に根ざし、そこにあるものを生かして、さまざまな思いを込めて物を作る。それを受け取り、いかに無駄なく使うかを考える。日本には、そうした生き方がずっと昔から、ごく自然に存在していました。そんな暮らしから生まれた豊かな文化を伝えることで、未来を考える若い人たちをもっと増やしていけたらと思っています。(おわり)

――古着をめぐる物語は、歴史や文化、生き抜く知恵、表現の喜び……と、語り尽くせないほど広い世界を見せてくれました。クローゼットに眠る服たちも、そのひと針、ひと織りに目を向ければ、着る以外の新しい価値に気づかせてくれるはず。それはまた、服を買うとき、手放すときの選択肢を変えるきっかけにもなるように感じます。ちなみに玉田先生の今一番の楽しみは、第3回で紹介した「端縫袋」の情報収集とのこと。ご存じの方は研究室までご一報を!

(写真資料提供:玉田真紀、構成:寺崎靖子)
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【たまだ・まき】
共立女子大学大学院家政学研究科修了。母校の被服意匠研究室助手を経て、宮城県の尚絅女学院短大講師として勤務。現在は尚絅学院大学総合人間科学系教授。専門は衣服のリユース・リサイクル文化。服飾文化学会会長、日本繊維機械学会繊維リサイクル技術研究会副委員長、手芸普及協会理事。編著書『アンティーク・キルト・コレクション』(共著、日本ヴォーグ社、1992)、『生活デザインの体系』(共著、三共出版、2012)、『高等学校用ファッションデザイン』(共編著、文部科学省、2022)など。
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